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建てかけの館、金沢直順という少年
三月三日
建てかけの館に住む人で最も若いのは、金沢直順という少年だ。
彼は亡き父、金沢直之の次男であり、れっきとした侍でもあった。
父直之の生前は実秋の下で働き、無名の家柄にも関わらず出世を得た。
実秋の抜擢により実力を発揮出来た直之は、誰よりも実秋を尊敬していた。
そうして直順は父を誰より尊敬していた。
長男が城付きと成る事が決まる前に父は他界、長男が城に入ると次男直順は父親の人生を拾い上げた実秋の元に行く事を決めた。
当時まだ十四歳であった。
隠居した実秋の館に志願しに行ったが、実秋は館に入れなかった。
館に居る侍に若い者はおらず、家族の居ない者が殆どであったし、未来のある直順を入れるのは本人の為に非ず、という姿勢だった。
しかし直順は門前から動かず、飲まず食わずで居座ったものだから、実秋は仕方なく館に入れた。
館を仕切っているのは藤堂という中年の人だったが、直順は父親と歳の変わらない藤堂になつき、藤堂も剣や槍、学問を教えたりして可愛がった。
十六歳に成り、城の試験にも一発合格を果たし、実秋はいよいよ城付きに成る事を願ったが、直順はやはり実秋の傍を選んだ。
(僕が実秋様に孝行し、父の受けた恩義を返すのだ)
という建て前の気持ちもあったが、館の生活が楽しかった事と、何より実秋が好きであった。
直順は館の皆から実秋の武勇伝を聞いて感嘆したり、実秋がたまに作る和歌の素晴らしさに感動したりした。
(実秋様の為に成ればと思って来たのに、これでは自分の為に来た様だ)
直順は更に熱心に、実秋の身の回りの世話をした。
現在金沢直順十七歳、侍であった。
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