藤堂の傷

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藤堂の傷

四月十一日 藤堂の傷は回復して来ており、来週には退院予定であった。 しかし心の傷は、未だ癒えてはいなかった。 尊敬する人を失い、親しい友を失い、そして… (金沢よ…) 金沢少年を思うと、藤堂は泣かずにはいられなかった。 覚えも早く、明るい実直な金沢少年には、眩しい未来があったはずだったと、金沢少年を知る者ならば思ったろう。 家族を失っていた藤堂にとっては、息子に寄せるに似た様々な期待と、熱心に教えを吸収していた無垢な姿は… (代われる物なら…代わりたかった…) と、後悔の様な自責の念が重なり、胸に苦痛を呼んだ。 (実秋様も月船も、藩の為尽力して来たではないか。何故賊などに斬られ終わらねばならぬ) そして怒りで、又涙した。 心の傷は奥深く魂を破壊し、癒える兆しは無かった。 そんな折、この小さな診療所に訪ねて来た者が居た。 《白井 晴》 藤堂は自分を訪ねて来たと知り、驚いた。 白井晴と言えば、日本で一・二と名の高い名医心野と同行を共にしている、藩の要職の一人である若者だったからだ。 白井は御見舞いをした後に言った。 「城に戻って来て下さい」 藤堂は断った。 藤堂は賊の顔を何人も見ており、見付け出して報復するつもりだったからだ。
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