コウノトリ、夕飯のメニュー

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コウノトリ、夕飯のメニュー

ニ月十五日 コウノトリは仕事を終え、足取りも軽く行きつけの定食屋に入った。 仕事が早く終わり、機嫌が良い。 何時もの席も空いており、座った。 (来たぁ!) 店主の娘でもあるこの店の看板娘、薫は、そう胸を踊らせた。 コウノトリは端整な顔と若さ、キリリとした姿と品の良さがある。 (きっと家柄の良い出なんだわ…) 妄想が入る様に成れば重症と言える。 薫は恋の病であった。 薫はコウノトリに茶を運んだが、顔を赤らめ手元もぎこちない。 コウノトリは明後日の方のメニューを見ている。 「何時ものメニューに、間にお勧めを挟んで下さい。お任せします」 コウノトリはそう言い、薫を見た。 (きゃああああっ!素敵!) 薫は平静を装いつつ返事をすると、逃げる様に店の奥へ行った。 待っている間に客が増えて来た。 コウノトリの横に、夜の仕事をしている風の女性が二人座り、コウノトリに視線をやっては、何やらひそひそと話している。 何もしてなくても、コウノトリの風貌が目立つ存在だから仕方ない。 「お待たせしました、蜜豆です」 薫は大盛りの蜜豆を出した。 コウノトリはちまちまと食べる。 甘党の彼には、幸せなひとときだ。 隣の女性客は笑いを堪えてチラチラ見ているが、コウノトリは気付いていても全く無視した。 角に居る柄の悪そうな男性客四人は酒を呑み出し、店は少々騒がしく成ってもいたが、コウノトリはそういった周囲の様子も、無視して自分の世界に居た。 蜜豆が食べ終わると、御飯に味噌汁、白身の煮付けとお浸しが出て来た。 コウノトリはしずしずと箸を進め、音を発てずにゆっくりと食べた。 食べ終わると薫が大福餅を持って来た。 「ああ、有難う」 コウノトリが笑顔で言うと、薫は会釈をして他の皿を片付け、また逃げる様に店の奥へ行った。 隣の女性客二人は、又甘い物を食べるコウノトリを見て、今度は堪えきれずに笑った。 コウノトリは気にはしない。 好物の大福餅を平らげると、ハンカチを取り出し口元を拭き、店を走り回っている薫の肩をとんとんと叩いた。 「御勘定置いておきますから」 「は…はいっ!毎度有難うございましたっ!」 コウノトリは何時もの額を机に置き、店を後にした。 幸せであった。 何故なら仕事が早く終わり、好物をたらふく食べ、後は自由な時間である。 (さあ帰ってごろごろしよう)
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