シロの記憶

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シロの記憶

ニ月ニ十日 コウノトリの手駒のシロには、昔の記憶が無かった。 思い出そうとすると頭痛と吐き気に見回れ、無駄な事に過ぎなかった。 覚えている辺りからの記憶は、追われている風景だった。 逃げて逃げて、逃げて逃げて崖に追い詰められ、落下した。 それを助けたのは《アカメ》というコウノトリの兄貴分で、頭の片腕の存在の人だ。 アカメはコウノトリにシロを預け、医学をかじっているコウノトリは自宅に入れ、熱心にシロの面倒をみた。 コウノトリ十五歳の時だった。 コウノトリより下か…年頃の変わらない様に見えるシロは、記憶障害からか、始めは言葉もおぼつかなかったが、コウノトリは時間が出来ると話し掛け、また自分が本を読む時は、シロの傍で声を出して読んだ。 コウノトリは言う。 「シロと私は、兄弟みたいなものです。」 と。 シロは思う。 (兄を慕う気持ちは、きっとこんな感じだろう。) と。 シロは元気に成るにつれ、身体能力の優れている事が明らかに成った。 元々アカメもコウノトリも、シロの身体の造りを見て、元気に成れば即戦力に成る…と踏んでいた。 筋肉も骨も、非常にしっかりしていたからだ。 しかし完全には元に戻らないだろうとも思っていた。 それほど傷付いていた。 それでもシロは努力した。 シロにはその時アカメとコウノトリしか居らず、命も救われている。 足手まといには成りたくないという、一心から頑張った。 無理に身体を動かしていた頃、コウノトリはよく隣で自分の鍛錬をした。 まだ少年だったコウノトリは、時に厳しいハッパを掛けた。 シロは思う。 (無理に思い出す必要はない。) と。 今の生活に不満などないし、アカメやコウノトリと関わっていたかった。 シロにとっては、それが全てと言っても過言ではない。
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