第三章 回想

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 翌日、ゼンさんの元に行き、俺はこのことを話した。そして、俺も自分にタトゥーを入れたいと申し出た。ゼンさんはずっと俺の話を聞いてくれて、道具の使い方、消毒、殺菌まで施術の工程も教えてくれた。  ずっと何を入れようかこの二か月考えていたけど、決めた。拳骨から第一関節の間の左手に「glow」と入れることにした。小指からg、薬指にl、中指に0、人差し指にw。それをトレーシングペーパーに写した。フォントは「georgiabold」という太めの固い文字を選んだ。  タトゥーマシーンに黒インクをつけ、タトゥーマシーンを動かすために足元にあるフットマシーンで起動させる。するとビーンと云って手元のタトゥーマシーンが作動した。手が緊張で震える。  それから深呼吸をして文字のアウトラインをなぞる。針が皮膚に触れると皮膚が伸びて針が逃げる。それに、指先は神経が多く通っているから、それを針で引っ掻くとかなりの激痛が走る。その痛みでまた針が逃げる。  黒インクに混じって赤い血がどす黒い色となって湧き出てきた。それをワセリンとキッチンペーパーで拭う。歯を食いしばって少しずつ休憩しながら入れた。  全てを入れ終わった時、俺の左手が変わった。そこに今までなかった自分の証。成長したいという願い。変わりたいと思う願い。痛みはあったけれど、痛かったからこその愛おしさ。キョウちゃんの云っている境地には立てないし、ゼンさんなんかの足元にも及ばない、不格好で、はみ出しもあるその文字が、俺にとっての感動の一歩だった。  出来上がりをゼンさんが見ると、 「はは、下手だな」  そう笑うゼンさんの言葉は俺にとって嬉しかった。それから俺は小さな自信を持るようになる。この時までは天気予報なんて見ることはなかった。
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