第四章 また逢う日まで

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 あれから俺は自分の描いた絵を自身に入れることを三度した。今はもう年の瀬になる。左腕にカエルのトライバル、右の太ももに、鷲、左のふくらはぎにフェニックス。意味は、カエルは幸福の象徴。俺は「新生」という意味に掛けた。鷲は、「自由、勇敢さ」を意味して入れ、フェニックスは「新しい人生の始まり、不死の覚悟」として入れた。俺も何を刻もうかと考え込んだが、今の俺はとにかく、タトゥーを入れて自分を奮起させようと前向きな意味合いのものにしたのだ。全ては自分が変わるためだった。  同時に俺はまだホストを続けていた。ゼンさんのスタジオにも毎日行っていたし、寮でもずっと絵を描いている。ホストは定期的に新メンバーを探すため、ホスト自身が色んな場所へ赴いて男をスカウトすることも業務の一環だが、俺は本当にたまにしか行かなかった。ショーヤさんに言われて仕方なく出向くときくらいの少ない頻度。売上も底をついてきて、ゼンさんから雑用費として二束三文払って貰っていたが、それでも寮費を抜いて、手元に十万残ればいい方だった。  そのうち、月一万はいつかゼンさんに彫って貰うための資金として貯金していた。外食は避け、寮で卵かけご飯や納豆ご飯でしのいでいた。  そんな年の瀬の頃。十二月になるとOLもボーナスが入り、水商売や風俗をしている女の給料が上がるためか、来客数は多かった。俺は新規の客の連絡先は聞くことが出来ても、次に繋げることが出来なかったが、この日はちょっと違っていた。 「ヨシキ、六番テーブルの新規着いて」  そう席回しのホストに言われると、俺はそこに着いた。その女は真っ黒な長いストレートヘアで、地味なワンピースを着て、シャープな印象の顔立ちだった。ただ、化粧っけのないその顔はどこか昔の俺のような目をしていて、息がしにくかった。 「どうも、初めまして、ヨシキって言います。緑割りでよかったですか?」  無くなりかけていたグラスに俺は焼酎の緑茶割を足そうとした。すると、その女が、グラスに手で蓋をした。 「君、可愛いね。緑割り飽きちゃったから、シャンパン飲みたい。ヴーヴの白持ってきて」 「え!? 新規だったら飲み放題なのに、そんな高いの、良いんですか!?」  女はこくん、と首を縦に振る。ヴーヴ・クリコホワイトラベル。Victoryではこれは当時五万円のものだった。当時は今よりホストのシャンパンが安価だったとは云え、高額な消耗品だ。それに大方新規でシャンパンを入れる女は少ない。  よくいるのは新規の安いときだけを狙って安く色んなホストを巡る「新規荒らし」というケチな女もいた。でもこの女は俺にそういうと、タバコを口に近づけた。とても慣れた所作だった。俺は咄嗟にライターで火を点ける。
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