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第9章「集わぬ参加者」その11
教室の真ん中で怒号が響いた。
声の主は、目つきが鋭い女の子だった。
彼女は確か、荻島愛華だったと思う。
名前があやふやなのは、彼女が西山のような一軍グループに所属していないからだ。
かといって、平木のようにいつも一人でいるわけでもない。
おそらく、二軍と呼ばれるグループに所属している。
一軍のように、コミュ力抜群で積極的だったり、比較的ルックスがいい、
運動神経抜群でメジャー系運動部に所属しているわけではない。
しかし、クラスではそれなりの発言権を持っている。
それを証拠にその一言で教室の端っこで遊んでいたサッカー部の連中が、
さっさと作業に戻ってきた。
本来なら一軍の長である西山や新田が注意するはずなのだが、
二人は体育祭のリハーサルの準備で委員会に行っているそうだ。
さっきまで、賑やかを通り過ぎるほどのやかましさだったが、
緊張が教室の中で走りまわって、ぴんと張り詰めたような感覚だった。
「どうしたの?」
帰ってきた平木が絵具をパレットに移している時に話しかけてきた。
「まあ、ちょっと…」
まあ、はっきりというのは気が引ける。
「ふーん」
何だか納得していないようだ。
床に座りながら、チューブ絵具を絞っている僕の隣に座った。
いつもより近い。手を伸ばせば、彼女の顔を触れるくらいの距離感だ。
さっきとは違う緊張を感じたが、同時に違和感を覚えた。
「もう七月も近いのに、暑くないのか?」
そうだ、彼女は三十度近い気温の中、未だに長袖を着ているのだ。
六月の時もそうだった。あの時は注視された後、無視された。
「暑いのは得意なのよ。熱いものは苦手だけどね」
一瞬、理解ができなかった。
「そういえば、二週間前にもそんなこと聞いていたわね。
私が夏に長袖のカッターシャツを着ているのが、そんなにおかしいのかしら」
「どうでもいいことでも話せる他人が欲しいのかもなぁ」
絞ったチューブ絵具を色んな色で混ぜ合わせた。
「自分が何者になれるか、ずっと考えているんだ」
原色たちが黒く、濁っていく。
「羽塚くんって、真面目ね」
「そういえば、何で今回、体育祭の準備を手伝おうと思ったんだ?」
「そりゃ、あなたがいたからよ」
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