サント・マルスと大陸の覇王 巻の4

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その31.中央大陸の終末論  メリアナ合衆国メアリ・フローレンス・トッドは夫であり秘書でもある ニールと郊外の住宅地を訪れていた。リュッフェンの守護神サント・マルスと ヴリティエの守護神ヴァイナスによって復活した女神ヒヒポテの身体の一部を 宝玉の中に携えて。  とある一軒の家の前でニールの愛車フォアードは止まった。その様子を 窓から眺めていた女性が気付いて外へ出てきた。「パパ!!。ママ!!。」 「ごめんなさいねナタリー。突然お邪魔して・・・。」「どうしたのよ。」 女性は尋ねながらニール、メアリ夫妻にキスをした。そして「中に入って。」と二人を家の中に入れた。 「来るなら連絡ぐらいしてくれればいいのに。」 娘のナタリーは二人にコーヒーを入れながら尋ねた。  そのやり取りが聞こえたのか、家の奥から小さな女の子が走ってきた。 「おいで、キャロル。」 ニールが手招きすると女の子はとことこ走ってきてニールの膝の上に座って 二人に向かいにこっと笑った。 「暫く見ないうちに大きくなったわね。」 メアリ・トッドは孫娘の頭を撫でながら言った。 「・・・暫く、公務でメリアナを離れなきゃならないのよ。だから時間が ある時にって・・・。」「どこに行くの?。外国?。」 トッドは少し考えてから深呼吸をした。 「中央体育館の、アルデキア・・・。」「・・・えっ。」  娘の家を出てから今度は次女のデラが通っている大学の下宿先へ向かった。 出掛ける予定だったが、二人が来るというので予定を変更して貰った。 「・・・ナタリーから聞いたんだけど・・・中央大陸へ行くって本当?。」 「・・・ええ。」「・・・大丈夫なの?。」「それは何とも言えないわ。」 デラは少し考えて顔を曇らせた。 「まさか、『最後の挨拶』なんて言わないでよ。アルデキアっていったら 隣国はアッシリ・・・内戦や反政府デモなんかがまだ大勢いる国なんで しょう?。そんな国に・・・。」 「そうも言ってられないのよ。そう・・・『人類の輝かしい未来』の 為にも。ね。」 デラは何だか解らずにきょとんとしていた。  それから数時間後、トッド大統領は大統領専用機エアフォース・ファーストで中央大陸へ向かっていた。時折、ヒヒポテの宝玉を握り締めながら祈る ように目を閉じる。  やがて、専用機はアルデキアのサウージャ空港に着陸した。さり気なく外の 様子を見ると物々しい雰囲気に眉をしかめる。所々に銃を構えた軍人らしき 人々が着陸ポイントを取り囲んでいる。ますます高まる緊張感を抑え、 トッドは中央大陸のアルデキアの地に降り立った。  空港内で彼女を待っていたのはアルデキアの王子、アルージャ・ナムーラ 本人だった。 「ようこそ、アルデキアへ。私がこの国の王子アルージャ・ナムーラです。」 「こちらこそ。」トッドは彼に握手を求めようとした。が、この国では 異性間の間では例え握手といえどタブーである事を思い出し、挨拶だけで 済ませた。  空港から車に乗り込むまでの間、トッドの周りにはシークレットサービスが 数人囲っていた。トッド自身も衣装の内側に防弾ベストを身に着け、頭に 巻いたヒジャブの内側には薄い金属が巻きつけられている。辺りをちらちら しながら危険がないと確認し、車に乗り込む。  車にはもちろん防弾ガラスがはめ込まれており、外側から車内が見えない 構造になっている。しかし、油断は禁物だ。アルデキアの在メリアナ領事館に 到着するまでの間、隣国アッシリの武装テロがいないとも限らない。非公式な会談とはいえ、今の世の中どこからこの情報が彼等に知られているかと思うと 安心してはいられない。その為か車内はぴりぴりとした空気が流れる。皆 それを判っているせいか一言も言葉を交わさない。  もうどの位昔の話になるだろう。トッドは思いを馳せていた。  中央大陸諸国は砂漠と密林でその殆どを覆い尽くされている。食べていく 為の糧となるのに必要な農作物はこの土地の厳しい条件ではなかなか育つ 事は出来ない。豊かな土地を求め人々は遊牧民として固定しない生活を繰り 返してきた。過酷な条件の下、生きていく為に厳しい戒律が生まれたのは そのせいだろう。しかし、二百五十年ほど前に起きた産業革命での「道具から機械へ」という技術革新がユーラントを中心に興った。その機械文明を支えたのが化石燃料。その最大の産出国が中央大陸だった。それを機に厳しい条件下にあった大陸の人々は驚くほどの発展を遂げた。だがその地を巡って人々は 争うようになる。機械文明の始まりはこの地にとって戦争の歴史でもあった。 それに加え宗教の戒律の厳しさが戦争を助長しているのではないかとの 評論家の意見もあり、そして今でもこの地のどこかで内戦やデモが繰り 返されている。  何代か前のメリアナの大統領がこの内乱の弾圧に加勢し、よってメリアナは 中央大陸とは敵対する事になってしまった。平和解決を望む為、という 名目だが、合衆国の国力を世界中に知らしめる為だという噂も後を絶たない。 特に二十年前に起きたテロ事件の首謀者がアルデキアの隣国アッシリ人だと いう噂もある。  自爆テロや内戦、内乱の続くこの地にトッドが降り立った。それには 理由があった。世界に配信した「終末論対策を呼び掛ける」という例の 画像をみてこの国の王子、アルージャ・ナムーラが極秘で会談を求めて来たの だった。自分がテロに狙われるかもしれない事を承知の上でこの地へやって 来た。  車は在メリアナ領事館の前で止まった。シークレットサービスはトッドを 囲むようにして車から降りる。そして懐に手を入れて置きいつでも銃を取り 出せる体制をとっていた。  トッドは壁の側や植え込みの陰などテロが潜んでいそうな場所を見回す。 いざという時は自分で自分の身を守らねばならないだろう。幸い、何事もなく 領事館の建物の中に入る事が出来た。先を歩いていたナムーラ王子が応接室へ 案内する。中を確認し、ソファに座った。挨拶を済ませ、二国間の会談が 始まった。「さて・・・例の『終末論』のことですが・・・。」 先に話し始めたのはナムーラ王子だった。 「その惑星とやらがこの星を目指して進んでいるという話、それと衝突は 回避できないという話、それからその対策としてお互い協力しあおう。この 三点についてです。トッド大統領、ISMAの調査が全て事実だとすれば 我々に一体何をさせようと仰るのか・・・。私は貴女の『人類の輝かしい 未来』と言う言葉に胸を打たれた。だから協力したい。けど、我々のすべき 事は一体何なのか目的をはっきりさせたい。」  ナムーラ王子は力強い瞳で訴えてくる。トッドは少し考えた。 「ISMAの調査はの結果は、全て配信した画像で私が言った言葉そのもの です。例の惑星がこの星に接近しているのは事実です。そして最近の 調査で、例の惑星は速度を緩めたり早めたりしながら近づいている事が 分かったのです。とは言え、速度を緩めたとしても、衝突の衝撃の凄さは 計り知れないでしょう。」 「えっ・・・待って下さい。速度を緩めたり早めたりって・・・、例の 惑星には我々で言う『意志』と言うものがあると言う事なのか?。」 「そこも現在調査中です。けど、速度をコントロールする事が出来ると なると・・・。」 「例え何万、何億光年離れていたとしても、急に速度を上げ、最悪明日に でも急接近する可能性がある、という事なのでしょうか。」 「恐らく・・・。」 ナムーラ王子は深く目を閉じた。「何という事だ・・・。」 「そこでですが・・・。ISMAの調査は百パーセント確実なものでもない のです。いえ、限りなく完璧に近い調査はしていますが・・・、最新技術の 科学力で調査は行っていますが、場合によっては人の目で判断する事も あるのです。その部分が百パーセントになり得ない部分なのですが、そこを 補える情報があればそれを共有していきたいのです。そこから何かこの 『終末論』を回避できる方法があるのならば、その情報提供をお願い したいのです。」 「・・・やはりそういう事でしたか・・・。」ナムーラ王子は頷いた。 暫く沈黙が続いた。「実は・・・。」ナムーラ王子が話し始めた。 「非現実、非科学的なお話で申し訳ないのですが・・・。この国に昔から 伝わる伝承である預言者が書いたその名も『予言の書』と言うものがあり まして・・・それによると巨大な力を持つ黒い闇が天から降って来る。 それを予言の書は『イブリス』と呼び、そしてその時期がいつ来るのか ・・・詳しく調べるとこの地に文明が興ったのは今から一万年以上前。 予言の書が何時書かれた物かは分かっていませんが、予言の書の内容から 計算し、数字をはじき出して分かった事は・・・そのイブリスが降って 来て世界を破滅させるのが・・・。」 「・・・それって、数年前からネット上で噂になっているあの・・・。」 「そうです。最初は計算間違いから十数年前の皇紀暦千九百九十九年と 言われていました。しかし、きちんと計算しなおしたことによって、それが 今年、或いは来年の早い時期であると・・・。北の大陸の方々は誤解されて いるかもしれませんが、あの二十年前のテロ事件の事を指しているといった 解釈が一人歩きしてしまった為、イブリスの終末論はテロ事件で終着を 迎えたと信じている人々が殆どです。しかし、今申したとおり、我々 中央大陸の者を始め、人々はこのイブリスの終末論は惑星接近の事を指して いる、と考えています。イブリスはこの国の・・・いたこの世界を滅ぼす 使命を受けた言わば邪神ともいうべき存在。つまりは神。その神に対抗 できる手立てがあるのか。」「神・・・ですか。」 トッドの頭の中に先日見た動画サイトの画像が蘇ってきた。ユーラントの 守護神の一体、旧ピレーナ王国の守護神ピルニッツと軍隊の衝突。しかし 軍隊をもってしてもピルニッツを封印することは出来なかった。例の惑星を 神に例えるのは現実的ではないが、想像を超える力との戦いである事は間違いないだろう。 「その預言書には、イブリスに対抗する術は書かれてなかったのですか?。」 「ええ。そしてそれ以降の出来事を記した予言の書、或いは予言の書に 類する物は発見されていません。つまり、イブリスが降臨した先の予言は 存在しないのです。ですから、それが世界の終わり、預言書による終末論 だと言われているのです。」 「八方塞という事ですか・・・。」トッドは少し考え、質問した。 「ところで、この中央大陸にはアッサーラという神がいて、あなた方が 信仰する唯一無二の神と聞いています。その力を借りる事が出来れば 或いは・・・。」 「どうでしょうか?。それにその力を借りるとしても一体どう やって・・・。」ナムーラ王子はそういったまま黙ってしまった。 「・・・この中央大陸で、アッサーラはどういった存在なのでしょうか?。 我々北大陸の人間にとって神とは世界の創造主という位置づけなのですが、 アッサーラもそうなのかと。」 「アッサーラは我らの言語で『神』を意味します。神は万物の創造主で あり、正しき教えを導く存在に値します。ただ、イブリスの終末論から 世界を救う為の教えを説いて下さるかどうか。それに、神の教えは預言者で なければ聞くことは出来ません。」 「預言者・・・。今この世界に預言者はいるのでしょうか?。」 「分かりません。」  
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