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その後の話 中秋の名月
本日は中秋の名月ですね。短いですが、ゆったりとしたお月見のSSをどうぞ。久しぶりにこちらを更新しました。
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「丈の中将さま、ご注文のお品が出来ております」
「ありがとう。さぁ牛車を出してくれ」
宮中での勤めを終え、宇治の山荘に帰る。
いつも、この瞬間が待ち遠しい。
「丈の中将さま。今宵は中秋の名月ですね。8年ぶりに満月と重なりとても美しいようですよ」
「あぁ、知っているよ。だから、急いでくれ」
「御意。愛しい姫がお待ちですものね」
私が宇治の山荘に匿っているのは、先帝の皇子であった洋月の君だ。
洋月はあれ以来……世捨て人のように宇治から出てこない。
だが、それでいい。宮中には悲しい思いが散らばっているから。
宇治はいい……静かに月を楽しめる場所だから。
宮中のような華やかな場所でなくていい。
私と君がいれば、世界は満ち足りるから。
洋月は誰も恨まず、誰も妬まず、まるで月の精のように清かに微笑んでいる。
「ただいま、洋月」
牛車で舞い戻ると、洋月が月見台に座って、私の帰りを待ち詫びていた。
「あ……お帰りなさい。俺ね、ここでお月見をしたくて準備していたんだ」
「いいね。薄にお月見団子まで準備してくれたのか」
「うん、だが……」
「どうした? 足りないものでも?」
「あとは、君だ。君がいないと始まらないよ!」
洋月が明るく微笑んでくれる。
月光を浴びた横顔は、ぞくっとするほど美しい。
そのまま満月を掴もうと幼子のように手を高く伸ばした。
「やっぱり掴めないか」
「さぁ、どうだろう?」
私は君が伸ばした手に丸い月を乗せてやった。
「え……? 何で光って」
「これは君だけの月だよ」
蹴鞠に、異国から取り寄せた光る糸を織り込んだもので、仄かに発光している。
「わぁ……すごい。蛍みたいに綺麗だ」
「これなら夜でも君が好きな蹴鞠が出来るよ」
「あ……ありがとう」
洋月が嬉しそうに私に抱きついてくる。
歳を重ねても可憐なままの洋月が愛おしい。
「幸せだな」
「皆、それぞれの場所で月を見上げているのだろうね」
「そうだな。異国のヨウ将軍と医官のジョウも、未来の洋と丈も……皆、幸せだから、私達も今、ここで溢れんばかりの幸せを感じられるのだろう」
洋月を背後から抱きしめると、彼は未来へ言葉を紡いだ。
「洋と丈さん……君たちはもう自由だよ。俺たちのことはもう大丈夫。だから前に進んで……君たちだけの人生を歩んで欲しい」
二人で杯を交わし、盃に映り込んだ月を愛でた。
「洋月、月が綺麗だな」
「丈の中将、月が綺麗だね」
見上げる月は、過去も未来も知っている。
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