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 東西南北もわからなくなってしまったので、とりあえず目先の方角を進めば、きっとどこかの大通りにでも出るでしょう。魔界に帰る用の転送魔法は、人目がつくことのない場所であれば、どこだって良いのです。  だから私は森の中をどんどこ、どんどこと歩いていました。藪をかき分け、草木をかき分け歩き進め、生憎、食料と飲料水には困ることがなく、月と太陽を交互に見ることおおよそ八回ほど。さすがにもう魔界に戻らなければ上から怒られてしまうだろうと思いながら、最後の草木をかき分けたときでした。  一七か一八の少女が、樹齢何百年と向かえるであろう大木に、寄りかかるようにして、倒れていました。倒れていただけであれば私とて声をかけていたでしょう、彼女の口から刃物が出ていなければ。ただ単純に気を失っているだけであれば。  「これは、一体」  さらに彼女の足元には軍属の者と思わしき男の遺体が三つ。軍服を着ているので、彼らが軍に所属しているということはわかるのですが、私が驚いたのはもう一つ。  胸部から腹部にかけて大量の血を流している、魔王陛下の唯一のご子息がいらっしゃるではありませんか。  『死神様』の私でさえも知っています。  「兄弟を持つことなかれ、持てば罰則」という条例を下した陛下の孫息子です。  どうして彼がこんなところにいるのか?  私には本当のことがわかりません。  「…………まさか」   ですが、とある仮説が頭の中に浮かび上がってきました。まさか、とは思うのです。  彼は三年ほど前から突然として姿を消していました。魔界中を探しても見つからない。一体どこに行ったのかも全く分からない。軍部の制度が「貴族と上流階級の民を中心」としていたものから「種族も階級も関係ない完全実力主義」へと変更され、今まで下流とされていた黒髪天使でもある女性の大将が置かれても、彼の行方は一向につかめないままでした。この彼が、もしも時間軸を動かしたのだとすれば、今彼の遺体とも思わしきものが転がっている理由も、時間軸が動いた理由も、全て説明がつく。  けれど、万が一にもこの仮説が本当であった場合、彼は王族なんだ。簡単に法に触れる、ましてやタブーや禁忌にあっさりと手を染めることをするでしょうか?  時間軸を動かす、曲げるなんてことは魔界において最大の禁忌であり、重罪です。いや、重罪として牢に閉じ込められるだけであれば、どれほど楽でしょうか?  公衆の面前で八つ裂き、火あぶり。どのみち待っているのは生命の終わり。苦しみながら生を終えるのが、魔界における「タブーに触れたものの宿命」とやらです。  「と、とにかく」   上に相談しなければならなりません。報告を、と思った時でした。足を、捕まれたような気がした。ゆっくりと振り返れば、  「殿下、大丈夫ですか? ご無事ですか? 今から治療をいたしますので」   「そんなことは良い」と仰った殿下こと、次期魔王様。  「魔界は、あそこは、どうなってる? おやじに、親父に、許可を取ったんだ、人の住む世界で、鈴と、生きることを、なのに、軍部の、連中が、急に」   とぎれとぎれの言葉でした。鈴とは、おそらく刃物を飲むようにして命を絶った女の子のことでしょう。言うべきかは悩みますが、相手は王族。致し方ありません。私でよろしければ口を割りましょう。  「魔界では、今現在、あなたは行方不明となっています。軍部の者は総力を挙げて、あなたの追跡を図り、私たち『死神様』一族は時間軸が動いたということで、私一名ではありますが、急遽こちらに参った所存でございます。恐れ入りますが、私の知っている限りでは、貴方様が次期魔王の権限を破棄なさったというのは、今現在初めて存じ上げましたが」  彼の腹部に手を当てて、ぐっと力を入れる。はかない延命治療ではあるだろうけれど、とりあえず状況を聞きださなければなりません。自分の首が飛ぶことはどうだっていいのです。物理で生首が飛ばなければ良い。今最優先すべきことは、目の前にいる次期魔王を破棄したはずがない一族のご子息への治癒魔法なのです。
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