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「そんなわけあるか」
数秒後、顔を真っ青にしながら言ったご子息様は、あろうことか上体を起こそうとしました。
「ここで死ぬつもりかっ」
あんまりのことだったので大声で叫べば、彼はとても驚いた表情をしていました。
けれど、傷口に触ったのでしょう、すぐに胸元を抑えました。一応ではありますが、詫びの言葉を一つ入れると、彼は観念したのか、また上体を横にしました。
「信じられないのは結構ですが、お願いです。私は天使も悪魔もどちらの見方をするつもりはありません。私は『死神様』です。貴方たちとは種族も生き方も価値観も異なります。上へは真実のみを報告するつもりですから、貴方様は、どうか私でよろしければ本当のことを」
治癒魔法をかけることに、あんまりにも集中しすぎていたのでしょう。軍部のチームは四人一組であるということにまったくもって気がつくことなく、私は後ろを全く気にもしていませんでした。ご子息が顔を青くしているのは出血があんまりにも多いが故だと思っていた私は、
「後ろっ」
ご子息の言葉で後ろを振り返り、最後に見たのは大柄の男が自分にゼロ距離で攻撃魔法をかけ終わったところでした。こんなところで人生が終わるだなんて、思いもしませんでした。
「お前も、もう短いな」
左肩には桜の花びらが四枚と金色の三本線。間違いなんてなかった。
「お前、どこの所属だよ」
「そんなこと今から死ぬ者に対して言う言葉ではないが……第三部隊、とまで言えば良いか」
「第三部隊って」
何度か耳にしたことはあった。第二、第三部隊だけは絶対に敵に回すな、と。
第一部隊は王族護衛、実戦で出ていくのは第二部隊及び第三部隊。この二つは実戦の指揮及び最前線に立たされることがある。ゆえにどの部隊よりも強者が集まる、ことが多い。が、やっぱり軍属とも言えども、基本的には貴族や上流民が中心。時々びっくりすぐらいの腰抜けがいたりもするけれど。さらには、桜の花びらが四枚ということは、部隊長を意味する。上半身を起こすのに必死な自分が、ましてやそうでなくとも互角に戦える相手ではないと分かっているのに、強がろうとするのは、どうしてだろう。
「愚息に」と部隊長が言った。
「愚息に良いことを教えてやろう」
「愚息って、俺のこと? 一応俺さ、元とは言っても、王族なんだけど……不敬に匹敵するんじゃない?」
「愚か者が何を言う。人間の住む世界に行き、まだ二十年も生きていない女子に心を奪われ、次期魔王を破棄した者を、愚息と呼ばずに何と言う? 阿呆が、とでも言おうか?」
大声で笑いながら言った部隊長様。ごもっともだ。加えて自分は魔法は得意ではないから、ぐうの音も出ない。
「軍部の一部が暴徒化している」
ぽつりと呟くように言った。
「原因は、黒髪天使が大将に就任したことと、阿呆が次期魔王を破棄したことがきっかけだな。天使が、ましてやオンナが軍部上層部に就くもんじゃあないと、一部が暴れまわっている。同時に陛下は意見が違うが、少なくともほんの一部が、魔王陛下は代々一族が継ぐべきものであるだとか言って、王城に立て籠ってる。この二つが今手を組んで、軍も城も大混乱だ」
親父は大丈夫だと言っていたが、これが自分がしでかした最大の罪なのだろう。自分のことしか考えることができない、まさしく「愚息」という言葉がぴったりだ。
「とにかくお前さんには一度城を戻ってきてほしいから、今から治癒魔法をかける。極力負担が少ないようにするから、なんとか城まで戻って、体力をこらえてほしい」
冗談じゃなかった。自分以外の隊員が全滅。こんなことあってたまるか。加えてターゲットとなる者は虫の息状態。何とかしてでも魔界に連れ戻さなければならなかったというのに、気がつけば息を引き取っていた。
「どうすんだ、これ」
頭をぼりぼりとかきむしる。答えなんて出ない。ふと、刃物を口から飲み込むようにして命を絶った女の子を見た。痛そうに、苦しそうに息絶えた彼女を見るのはつらかったけれど、
「堪忍してくれ」
もう、こうするしか方法はなかった。
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