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 山並は、うんうんと頷き田代にさきを促した。 「…菊枝さんは祈祷によって酩酊状態になると、「ばふうめす」と名乗る神霊と交信し、その言葉を伝えています。つまり、彼女が受け取った言葉は彼女自身の言葉ではなく、「ばふうめす」のご神託と見做されます。 そして「ばふうめす」はほかの多くの神霊や神格と同様にいささか古い言葉、…散文詩のような形式で言葉を連ねていきます。ではご神託の最初の部分をみていきましょう。「智慧あらば、我が言葉を聞け そは隠されし脳髄の解体の書にして錬金の書なり まずこの秘密の文字を解読しようと志す者を探せ その者はこの叡智の湧水から、まことなる秘中の秘を蒸留せん」。 …これらの言葉は、いわば前口上のようなものです。「ばふめうす」はまず、今回の秘密を探る者は脳を化学的に変成する叡智を正しく汲み取り、理解すべきである、と語っています。「錬金」という言葉は、そのまま錬金術と受け取っていいでしょう。一般的に錬金術は中世西洋思想史に顕現する疑似科学の類です。 彼らは宇宙に存在するすべての物質の最小単位について触れ、万物は基本的に同根であると定義しています。そしてその秘密を保持する者は錬金術の変成過程を用いて、たとえばただの鉛を黄金に変化させることが可能であると述べています。 もちろん、現代科学は、そういった荒唐無稽な疑似科学を否定しています。 ただし、純粋な科学的視点とは異なるいくつかの解釈が脚光を浴びるようになります。たとえばスイスの心理学者カール・グスタフ・ユングの理論です。 彼は中世の錬金術師の秘密は物質的な変成ではなく、心理学的な人間の魂の変成・昇華だと解釈しました。つまりその場合、鉛としての愚鈍な人間を黄金、すなわちより完成された自己へと変成させる、という考え方です。 これはこれでひとつの解釈として、それなりに人気を博したのです。 あるいはほかの解釈もあります。それは肉体の変成、ならびに精神の変成についての科学技術、ヨガなんです。まぁ、ヨガを科学と呼んでしまっていいかどうかはともかく、ヨガには数千年の歴史と積み重ねられてきた実績があります。 ご神託の次のセクションにはこうあります。「汝はかくもうつくしき者なり 汝はかくも明晰なる者なり 汝はかくも迅速なる光の矢の如し」これは「ばふうめす」から技に挑む修行者への賛辞です。修行者は心身ともにバランスに優れ、肉体を鍛えている者が想定されています」
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