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「でも優しいよな、香月は」
「どこが?」
ただ単に他人と触れ合うのが面倒で避けてるだけだ。優しいとは違う。
「香月の言ってること、よくわかる。他人と関わりたくないって思う時あるよ。誰かの話を聞かされるのって煩わしい時もある。最も嫌なのは自分の噂を聞かされること。最後はもう伝言ゲームレベルで正しくはない情報になってる」
佐々木くんが力なく笑う。さっきとは違う、やるせなさが見える。
「何かあったの?」
「あ、興味ある?」
佐々木くんが無理に嬉しそうな顔をする。あ、食いついた!みたいな。でもちょっと泣きそうにも見えて、こっちが泣き笑いみたいな表情になってしまう。
「うん、あるけど聞いていいの?」
「語っていい?」
「うん」
俺ん家さ、と佐々木くんが語り始めた。
カタンと音を立て、電車が隣りの駅に着く。ホームの向こうには畑が見えた。のどかだな、なんて思いながら佐々木くんの話に耳を傾ける。開いて閉まる扉を、二人で見つめる。
「俺の下に妹と弟、計4人いるんだけど」
「あ、だから蓮の扱いに慣れてたんだね?」
「そうそう。一番下が年中だから、5歳?」
佐々木くんが手で5を作って蓮を見る。
「蓮?うん、4じゃなくて5だよ」
私も手で5を作る。
「じゃあ蓮くんと一緒だ。うちも年中なんだよ。なのに、ある日、乳幼児がいて実は6人兄弟だって話が俺のとこに流れてきた。ま、数の違いなんてどっちでもいいし、だから否定もしなかったんだよ」
「うん」
「で、ある日、藤崎からこう言われた。『俺に全部言ってくれ。力になれるから』って」
「え?」
「最後の乳幼児ってのが俺の子だって噂が流れてたらしい」
「なに、それ…」
酷い。あまりにも酷すぎる。冗談で片付けられない。
「香月、笑うとこだよ?怖い顔になってる」
佐々木くんの指摘にも笑えるわけない。なんでもないって顔で話されて余計に胸が痛い。
「笑えないよ。でもなんでそんな話に?」
「わかんないんだよ。弟妹が多いから最初は誰かが冗談で言ったんだろうな。真実じゃなくたって、究極、嘘だって、他人にとってはいい。誰かとの会話が成り立てばそれでいい。そこに重みなんてない。そういうノリのヤツっているから、傷つくのも悔しい。だろ?」
どんな言葉をかければいいのかわからない。イジメじゃない。たぶん他人からしたら冗談の範疇なんだろう。それでも佐々木くんは他人と深く交わろうとしない。強くあろうとして、より深く傷ついているのかもしれないと思った。
「香月が“自分の一言が誰かを傷つけたかも”って不安になるって、それ聞いて凄く楽になった。そうだよ、こういう人もいるんだよなってホッとして、俺が楽になった」
「佐々木くん…」
「ありがとうって、あー、マジ語りしたよ」
何言ってんだろ、ごめんと、佐々木くんは言う。ちょっと耳が赤い。
「恥ずかしいわ…」
そう言って、照れ隠しみたいに眠る蓮の頭を撫でる。愛おしそうに。他人の子でもこうだ。自分の弟妹に対しても良いお兄ちゃんなんだろうなと思う。
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