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欠点
学園内はついに明日に迫った年に一度の解禁日 バレンタイン・イベントに向けて特殊な盛り上がり方をしている。
廊下ではスタートダッシュの練習をする団体が現れ、流石にそれは先生から注意があったけど、体育の時間には瞬発力を養うトレーニングが組み込まれるようになった。
狭まる王子包囲網。今年は逃げ切れない予想が大半を占め、男子の間では昼食賭けが流行っている。
チョコ数のトトカルチョまで始まった。今年は王子を押さえ、至副会長がトップじゃないかと予想外の噂まで出始めた。
「あ、あれね!最近、至が出し惜しみしてるらしいから」
音楽室への移動中に結ちゃんが教えてくれた。
「出し惜しみ?」
「うん。誰にでも愛想よくしてたのにここんとこ急に素っ気ないんだってさ。焦れ待ちじゃない?」
「じれまち?」
「焦れるのを待ってる。つまりは“待て!”かな。エサに引き付けてよそ見させない手法よ。失敗しそうよねー」
結ちゃんはあくまで他人事。楽しそうでもなく、つまんなさそうでもない。どちらかと言えば、至副会長に関してはどうでもいい感じだ。
渡り廊下に出る。
囲いのない外廊下には冷たい風が吹き付け、校舎にぶつかる風の音までしっかりと聞こえる。身震いすると、腕の中でペンケースの筆記用具が触れ合ってカタカタと鳴った。
近道だとしても、このルート選択は失敗。私たちの後にも先にも誰もいない。
「今日、寒いねー」
「うん」
「あ、そうそう。ヒナが話したいって」
「え?」
ヒナと聞こえた。風のせいでうまく聞き取れなかったのかと結ちゃんを見ると、結ちゃんも私を見ていた。目が合う。
「だからヒナが…ーー」
「あ、え?いや、困るよ!」
即拒否の私に結ちゃんはフフッと笑う。
「放課後、校門前でって」
「そんな目立つところ!」
「じゃあ裏門にする?」
「それこそ、」
密会。誤解を生む。
「コソコソする方が目立つんだよ、沙世。立ち止まらなくていいから、そのままのペースで歩いてて。そしたらヒナが偶然通りかかるから」
「偶然?」
「そう!偶然!ていうか、沙世、そんな警戒しなくても獲って食われないから。大丈夫!そんな根性ヒナにはない」
そんな心配してない。だからそんなお墨付きは何の意味もない。
「結ちゃんは?」
藁にもすがるとはまさにコレ。泣きそうになりながらすがる。
「私はごめん。今日は予定ある」
「そんな…」
放課後が来るのがこんなにも辛い日がかつてあっただろうか?放課後を知らせるチャイムは他人の目からの解放を意味する。校門を出れば、どのクラスの誰かさえわからなくなり、“その他大勢”を形成する一人になれるパラダイスだったのに…
「寒いから急ごう」
結ちゃんに手首を捕まれて、廊下を駆け抜ける。この手が手錠にしか思えない。
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