少女であり少年

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少女であり少年

ミルク風呂が赤く染まる様を、エドワードは夢の中で繰り返し見る。自分が男でも女でもなくなった瞬間の、その光景を。  そうしてエドワードは眼を開ける。そうすると豪奢なソファーに自分は寝そべっており、その自分の頭をマダムが抱きかかえているのだ。 「目が覚めた? 私の可愛い坊や……」 「うん、マダム……。またあの悪夢だったよ」  そっと起き上がり、エドワードは自分の服装を見つめる。見ると、まだ自分は『エドワルダ』の服装を纏っていた。青い女物のドレスは自分が『女』になるときに着るものだ。 「マダム、僕は男と女どちらだろう?」 「言っただろう。お前はモリーだ。男でも女ででもなく、そのどちらでもある。区切ることに何の意味がある」  ため息をついて、マダムは懐に隠していた紙煙草を吸う。そっと吸った煙草を床に捨てて、彼女はエドワードの金糸の髪をなでる。エドワードはソファから立ちあがり、そっと纏っていたステイズを脱いでいた。前方を紐で編み上げられたそれを丁寧にほどきながら、ステイズの下に纏ったペチコートも床に落としていく。  その下に纏ったシュミューズを床に落としエドワルドは生まれたままの姿になる。なで肩で首周りの細い体つきは女のそれを思わせる。けれど、彼の胸は薄く細い脚のあいだには細長いペニスがぶら下がっていた。ペニスの根元にある睾丸はそこにはない。  あるのは、睾丸を摘出した痛々しい傷跡があるばかりだ。幼い頃に睾丸を取り出す施術を受けたために、エドワルドはカストラートのように声変りすることもなく、高い音域のアリアを歌うこともできる。  そんな自分を誰が男だと認めてくれるだろうか。だから自分を育てたマダムは、自分をモリーとして育てた。男でも女でもない存在として。 「今日来た子はどうだった。仲良くなれそうか?」 「うん、仲良くなれそうだよ。久しぶりの獲物になるかもしれない。眼がそう言ってた」 「私としてはこちら側に引き入れたいんだがな」 「風紀改善協会が後ろにいたらそれも難しい。そうそうにお引き取りしてもらうしかないかもね」  笑いながらエドワードは歌う。喜びを讃えるアリアを。獲物を狙う狩人の歌を。 「それは少し残念だな」  そんなアリアに耳を傾けながら、マダムは悲しそうに笑っていた。  コーヒーハウス・シェイクスピアからモリーハウス・駒鳥亭にやってくるたびに、ロビン・フォーカスはエドワルダの姿を探し求めていた。彼女の姿はいつも店内に吊るされた鳥籠の中にある。そこでひとしきりうたった後、滑車を使って床に降ろされた鳥籠から彼女はモリーたちのもとへと歩んでいくのだ。  みなが彼女を取り囲み、まるで劇場で歌うカストラートのごとく彼女に黄色い声を贈る。彼女の周囲には花束やプティングといった菓子だけでなく、恋文すら届けられる始末だ。  敬虔なプロテスタントであるロビンにとって、その光景は反吐がでるほどにおぞましいものだった。それでも、蒼いドレスを翻し、さっそうと金の髪をなびかせる彼女から眼を放すことが出来ない。  彼女がまぎれもない女にしか見えないから。  そもそも、こんな簡単に見つかる場所にモリーハウスを構えるのも不思議だ。ここの主であるマダムは、何か秘密を隠し持っているのだろうか。治安判事と繋がっている線も一瞬考えたが、ボウ街に君臨する治安判事ジョン・フィールディングがこのような不正を見逃すとも思えない。  女装はともかくとして、男色、ソドマイドはこの国では極刑に値する罪だ。女騎士デオンのように称賛される異性装の存在がいるとしても、それは身分が高く国に貢献できる者たちの特権と言える。  貴族ですらないジェントリたちがそのような格好をすることもあるが、彼らは男としての責任を果たしているものがほとんどだ。  その責任とは、すなわち女を愛することである。  幸いにしてロビンは男を愛したことがない。そして、異性装に並々ならぬ執着がある。だからこそこの任務にはうってつけだったし、ロビンの過去を嫌悪する他の委員会のメンバーを黙らせるために、ロビンはこの役を買って出た。  モリーたちの手引きをさせられている哀れなエドワルダを説得し、このモリーハウスを治安判事に告発すること。それこそロビンに課せられた使命である。  娼婦として名高い彼女を信仰の力で納得させ、矯正院に入れることもロビンの使命の一つと言っていい。一目見た瞬間から眼を奪われた美しい彼女を、この悪の巣窟からロビンは一刻も早く救い出したかった。  だから、ロビンの眼は自然と彼女を追う。彼女もそれに気づいてロビンを見つめる。そして、今この時もロビンは鳥籠で歌う彼女を吹き抜けのテラスから見守っていた。  さまようエドワルダの眼がロビンを捉え、その整った顔になんとも美しい笑みを浮かべる。それはロビンを慕っている恋する乙女のそれにも、虜にしようとしている妖艶なる娼婦のそれにも見える。  自分に歓声をあげるモリーたちを後に、エドワルダは蒼いペチコートを翻して二階に続く階段をかけあがる。そうしてロビンのもとにやって来た彼女は、黄色いドレスに身を包んだロビンに抱きつくのだ。 「今日も来てくれんだね、僕の駒鳥。とても嬉しいよ」  キャップに隠されたロビンの栗色の髪をなでながら、エドワルダは彼の肩に顔を埋めてみせる。まるで猫のように自分にしな垂れかかってくる彼女の体から甘い香りがして、ロビンは喉を鳴らしていた。 「香水……」 「そう、スズランの香り……。毒のある純白の花の香りだよ」  いたずらっっぽく笑うエドワルダの声に、ロビンは体を固くする。金糸の髪を映し込む彼女の青い眼が、強張った表情を浮かべるロビンの顔を映し出す。 「古来より毒殺は女の殺人方法なんだ。とっても趣味のいい香水だと思わない?」  妖艶な笑みを浮かべるエドワルダの手がそっとロビンの頬をなでる。彼女はロビンの顔を両手で包み込み、そっとロビンの唇に唇を落としたのだ。
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