幸福とまどろみ

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幸福とまどろみ

 駒鳥亭のプライベートルームの中、天蓋のついた寝台の中で、二人のモリーがいた。ロビンとエドワルダ。二人はそっと抱き合い、静かに息を潜めている。 「鈴蘭の香りがする……」  始めに口を聴いたのはロビンだった。エドワルダからする甘い鈴蘭の香りに、酔いそうになる。その香りに溺れて、ずっとずっと微睡んでいたい。  ロビンの腕の中でエドワルダが固くなる。彼女の顔を見つめると、思いつめた暗い眼が美しい顔を彩っていた。 「どうかしたの? 愛しい人」 「僕は、君の愛しい人なんかじゃないよ。君を殺す死神だ。君を破滅させる悪魔だ」 「僕は君の愛しい人だ。僕を生かす女神。君は神のみ使いだよ」 「そんな浮いたセリフで、僕が喜ぶとでも思ってるのか?」 「思わない」  むっと眼を細めるエドワルダを見て、ロビンは苦笑していた。彼女の薔薇色の唇に口づけると、ほんのりと鈴蘭の香りがする。その香りをもっと味わいたくて、ロビンはエドワルダの唇を貪っていた。舌を入れると、彼女の口腔で嫌らしい水音がする。苦悶の表情を浮かべるエドワルダを見て、ロビンはそっと唇を放していた。 「舌遣いが拙い。本当に初めてなんだな」 「君と一緒にするな。プロテスタントのくせに……」 「僕は国教会に属してるんだけど……」  そっと彼女の両手首を掴んで寝台に押しつける。そこにロープの張り巡らされた寝台は激しくゆれて、羽毛布団に沈んだエドワルダを優しく受け止めた。  ほんのりと赤く染まった耳たぶを舐めると、エドワルダが甘い声をはっする。ロビンはその耳に言葉を放っていた。 「本当にいいの? 後戻り、できないよ」 「いいよ……それが僕の覚悟だ……」  潤んだ蒼い眼をロビンに向け、エドワルダが笑う。ロビンはそっと眼を伏せて、彼女の唇に口づけを落としていた。  夢のように浮遊したひと時だった。  快楽の波が訪れては引いて、そのたびにロビンはエドワルダの中に己の欲望を放つ。彼女の中は女の膣のように熱く、また女を抱くときとは違う快楽をロビンに与える。突かれるたびにエドワルダは美しい嬌声をあげ、ロビンの欲望を受け止めた。  そうしてすべてが終わった今、しっとりと濡れた肌をもつエドワルダはロビンの腕の中にいる。女としての衣服をすべて剥ぎ取られ、傷ついた性器を露わにしてもなお、彼女はロビンの中で『女』そのものだった。  もともとロビンは異性しか愛せない人間だ。だから、エドワードのことを『エドワルダ』として見てしまうのかもしれない。それでも彼女は自分を受け入れてくれた。文字通りロビンはエドワルダに溺れ、彼女を味わいつくしたのだ。  宝石のように煌めく汗を白い肌に纏ったエドワルダは、ロビンの腕の中で荒い息を吐いている。初めてとは思えないほどに彼女は快楽にその身を焦がし、ロビンの手の中で何度も果てたのだ。 「ロビン……僕の駒鳥……」  甘い息をロビンの喉仏にかけながら、エドワルダは細い腕でロビンを抱き寄せる。ロビンも彼女を抱き寄せ、そっと耳元で言葉を継いだ。 「エドワルダ。僕のモリー」  そう呼ぶと、彼女は自分の顔を見あげ、零れんばかりの笑みを浮かべてくれたのだ。エドワルダの唇がロビンのそれに触れ、二人は貪るように口づけを交わす。唾液の糸を引きながら唇を放すと、一抹の寂しさがロビンを襲った。 「エドワルダ……。君に溺れて死にたい……」  そっとエドワルダの両頬を手で包み込みながら、ロビンは囁く。その言葉にエドワルダはぴくりと柳眉を動かしていた。 「後戻りは、できないよ……」 「あの人に囚われて生きるより、君に溺れた方がマシだ……」  ロビンの翠色の眼に嘲笑が浮かぶ。同じ色の眼を持っていた姉の代わりだった自分。常に母から与えられる優しさに対価を求められてきた自分。そんな連鎖を、母親を愛するあまりロビンは断ち切ることが出来なかった。  エドワルダが、現れるまでは。 「もう、あの人のことなんてどうでもいい。君が側にいてくれるもの」 「うん、そうだね、僕の駒鳥」  エドワルダの顔に寂しそうな笑顔が浮かぶ。彼女はそっと起き上がり、寝台の脇に置かれたテーブルへと手を伸ばした。そこに小さなペニスの形をしたグラスが置かれている。彼女はそっとその中に入れられた液体を口に含み、ロビンの首を抱き寄せた。  エドワルダの赤い舌が、ねっとりとロビンの口内へと入り込んでくる。ロビンはその舌を己のそれと絡み合わせ、エドワルダの口から入ってくる液体を一心不乱に飲み干していった。  すべての液体をすっかり飲み干し、ロビンは静かに目を閉じる。心地よい眠気がロビンを襲い、ロビンは寝台へとその身を深く横たえていた。 「お休み、ロビン……」   エドワルダの声が遠くから聴こえる。その声に心地よさを覚えながら、ロビンは静かに意識を手放していった。
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