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悪魔の子
ルカ・アンダーソンが自分が悪魔の子だと気がついたのは、女性を愛せないことを身をもって知ったからだった。
魔術師マリーンがそうであったように、悪魔の子は不思議な力を持つ。マリーンが魔術に秀でた才能を持つ者なら、ルカのそれは創造という形で発露した。
だからこそルカは気がついてしまったのだ。自分が裸婦をいくら描いても、自分の息子が反応しないことに。だからこそルカは調べたのだ。ソドマイドという罪はいかにして、発露するかということを。
そうして彼は、憎むべき悪魔と人のあいだに生まれた子が、悪魔すらも嫌悪するソドマイドという罪を犯すことを知る。
ルカの父親は誰かわからない。母は高級娼婦であり、パトロンの後押しもあってルカをロンドンの寄宿制の学校へと編入させた。たぶん、きっとルカの父親は悪魔に違いないのだ。
今宵、それを証明するためにルカは罪を犯したのだから。そして罪を犯したルカは奇妙な噂話を共犯者から教えてもらった。
金髪の妖精が、秘密の花園へ迷える子羊を誘う話を。
セント・ジェイムス公園にその妖精は現れて、ルカのような悪魔の子供たちを妖精の国へと誘うというのだ。
「お前の銀髪と並べてみたら、月と太陽が輝くみたいに綺麗なんだろうな」
藁ぶきの寝台枠の中で、上級生であるダラスが寝そべるルカに話しかける。ゆるやかに波うった銀髪を汗に濡らし、しどけない裸体を月光に晒すルカはそんな彼を見つめた。
引き締まった体のダラスはファッグとしてルカが仕える上級生だ。監督制でもある彼は、ルカの寮に君臨する王様でもある。
その王様にルカは懇願した。ソドマイドとはいかなる罪なのかと。その結果がこれである。
荒い息を吐くルカは自分の髪を梳くダラスの手を跳ね除け起き上がる。寝台枠を跳びだして、床に散らばるシャツを纏うと、ダラスが声をかけてきた。
「おい、もう行くのか」
「あなたのために顔を洗う湯を貰ってこなければなりません。他のファッグたちに先を越されるのは嫌ですから」
銀に輝く眼を細めて、とろけるような笑みをダラスに浮かべてみせる。するとダラスは満足した様子で微笑みを返してくれた。
「それと、湯を持ってくる代わりに一つ頼みごとをしてもいいでしょうか?」
細い体をダラスに向け、ルカは寝台枠へと足をかける。ダラスの両頬を包み込み、軽く頬にキスをすると、彼はだらしなく相好を崩した。
「なんだ? なんでも言ってみろ」
「セント・ジェイムスにいる金髪の妖精に会いに行きたいのです。いじめが原因で僕があなたの部屋で寝ていることを、先生にそれとなく伝えてほしいんですが……」
「先生に、俺とお前が一緒にいることを伝えるのか?」
ダラスの顔に困惑が浮かぶ。ブラウンの眼を顰めて、彼は無精ひげが生え始めた顎に手を添えてみせた。ルカは自分の顎にそっと手をやる。
十四歳になるルカの顎はすべやかで、産毛しか生えていない。自分は本当に悪魔の子かもしれないとルカは苦笑していた。
「なんなら、先生にもいじめに対処してもらうよう、お願いしてもいいんですよ」
そっとシャツを脱ぎ、ルカは細い裸体を露わにする。月光に照らされる彼の体には無数の黒い痣が刻まれていた。ダラスがルカに口づけたあとだ。
ああとダラスがブラウンの髪を掻きむしりながら唸る。
「分かったよ。ただしセント・ジェイムズには獣がうようよいやがる。喰われても知らないからな」
「僕は悪魔の子ですから、その点は大丈夫ですよ」
ダラスに苦笑を送ると、彼はぎょっと眼を見開いてルカを見つめてきた。
「一緒に行く。お前が一人だと悪魔にとって食われそうだ」
颯爽と立ちあがり、頼りがいのある体を床につけたダラスは大きなシャツをその身に纏う。彼は床に散らばる衣服を素早く纏い、ルカのもとへと近づいて来た。
そっと彼はルカの細い腰を抱き、ルカを引き寄せてくる。
「僕をとって喰ったのはあなたでしょうに」
「誘ってきたのはお前の方だ」
「でも駄目です。一人で行きたい」
「どうして」
「その妖精を、新しい絵のモデルにしたいんです」
銀の眼を細めて、ルカは上目遣いにダラスを見つめる。ダラスはごくりと唾を呑み込んで、仕方ないなとルカの柔らかな銀髪をなでてきた。
「好きですよ、ダラス」
ぎゅっとダラスを抱きしめ、ルカは微笑んでみせる。その微笑みを見たダラスは、苦笑を顔に浮かべてみせた。
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