誘拐

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誘拐

 昼のコーヒーハウス、シェイクスピアにその少年の姿はあった。金糸の美しい髪を後方で結んだ少年は、フリルの愛らしいシャツとホーチズを纏っている。銀糸の髪をなびかせ、ジェストコールを身に纏ったルカは、少年を見て胸の高鳴りを覚えていた。  間違いない。焦がれたエドワルダが目の前にいる。彼は机に向かい本を食い入るように見つめていた。本の題名はハムレット。叔父に父王を殺された若き王子ハムレットが、その事実を知り懊悩の末に悲劇を招く話だ。 「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」  そっとルカは、ハムレットの有名な一節を口にしていた。亡霊となった王に真実を告げられたハムレットはいかなる苦しみを抱えていたのだろうか。それはきっと、ルカがエドワルダに抱く思いにとても似ている。  その苦しみから解放されるために、ルカはここへとやってきたのだ。 「エドワード……」  そっと愛しい者の名前を呼ぶ。エドワードと呼ばれたエドワルダはぎょっと眼を見開いて、顔をあげた。彼の座る机に膝をつき、ルカは彼に言葉をかける。 「それが君の本当の名前なんだってね。ミス・レッドに教えてもらったよ。対価と引き換えに」  ただし、対価として彼女の相手をしたのは自分ではなくダラスだが。 エドワードは愛らしい青い眼を見開きルカを見つめることしかできない。ルカはそんな彼を見て微笑んでいた。  駒鳥亭に通い詰めても自分を無視していたエドワードが、こうも簡単に視線を向けてくれるのだ。嬉しくないはずはない。 「どうして、僕なんかに執着する?」  そっと本を閉じて、エドワードはルカに問いかける。ルカは笑みを深め、エドワードの手をそっと握りしめていた。 「別に、君に執着するのは僕だけじゃないだろ。素敵なアリアを披露するたびに、ファンのモリーたちからたくさんの贈り物を貰ってるじゃないか」 「あなたは、モリーじゃない……」  冷たい声がルカにかけられる。ルカは苦笑を顔に浮かべ、そっとエドワードの手を強く握る。 「僕はモリーだよ。その証拠に、いつも君に会いに来てる」 「あなたは、僕を脅かそうとしてる……」  エドワードの鋭い視線が、店内へと向けられる。ああ、気づかれてしまったかとルカは肩を落としていた。  エドワードが言うことをきくよう、ゴロツキを数名雇ったのだ。店内で暴れると脅せば、エドワードは自分についてくるしか選択肢がなくなる。彼はそれに気がつき、ルカをモリーではないといった。 「さすが、ドブネズミは勘が鋭い……」 「それも、ミス・レッドから聴いたのか?」  エドワードの眼差しが冷たさを帯びる。ルカはその眼差しに興奮を覚えていた。下半身に熱が集まり、ずっとその眼差しを見たいと思ってしまう。 「大人しく付き合ってくれば店にはなにもしない。君にだって危害は加えないさ。僕のエドワード……」 「誰があなたのものだって……」 「君はこれから、僕のものになるんだよ。美しいモリー……」  そっとボーンチャイナのように白い彼の頬をなぞる。その頬に添えられた手を、エドワードは忌々しげに跳ねのけていた。 「僕が欲しいならくれてやる。ただ、店には、マダムには手を出すな……」   冷たいエドワードの声を聞いて、ルカは全身に快感が走るのを感じていた。ああ、この子を組み伏せて無理やり体を開かせたら、どんな風に鳴くのだろうか。  それはきっと、無上の快感と想像力をルカにもたらすに違いないのだ。 「分かってるよ。君の大切なお母さんには何もしない。僕はただ、君がついてきてくれさえすればそれでいいんだ」   美しいエドワードの金髪をなでながら、ルカはうっとりと言葉を紡ぐ。そのルカの言葉に、エドワードは青い眼を鋭く歪めていた。  甘い息遣いが冷たい石畳の廃屋を満たす。ルカはその息遣いに胸の高鳴りを覚え、憑りつかれたように木炭を紙に滑らせていた。 ルカの視線の先には、体を痙攣させるエドワードがいる。そのエドワードを膝に乗せたダラスが、彼の唇を奪っていた。エドワードの手足は縄で縛られ、身動きが取れない状態にある。  それでも彼は激しく体をゆらし、唇を奪うダラスに抵抗する。ダラスは顔を歪め、そんなエドワードの口から己の舌を引き抜いた。 「こいつ、噛みやがった……」  舌から血を垂らしながら、ダラスは苦痛に顔を歪ませる。エドワードは荒い息を吐きながら、そんなダラスに唾を吐きかけていた。 「ダラス。激しすぎますよ……」  そっと持っていたスケッチブックを石畳の床に降ろし、ルカはエドワードを抱いたダラスへと近づいていく。しゃがみ込んでエドワードの顔を覗き込むと、彼は青い眼を鋭く細め自分を睨みつけてきた。 「かわいい……」  そんな彼に微笑んで、ルカはエドワードの唇を塞いでみせる。エドワードは身を捻り抵抗するが、ルカは彼を両手で抱き寄せ、自身の舌を深くエドワードの口内へと侵入させていた。  逃げ惑うエドワードのそれを舌で捕え、自身のものを優しく絡みつける。するとエドワードは体を震わせながら、眼から涙を流した。  そっと唇から舌を引き抜いてやると、彼はぐったりと体をダラスに凭れかけ虚ろな眼でルカを見つめてきた。 「エドワードは初めてなんだから、優しくしてあげないと……」 「お前の舌遣い。相変わらず容赦ないな……」  そっとエドワードを優しく抱き寄せ、ダラスはそっとエドワードのシャツを脱がせていく。 「やっ! やめろっ!!」  抵抗するエドワードを床に押さえつけ、ダラスは彼のシャツをたくし上げる。それと同時に素早くエドワードの履くホーチズも脱がせていた。ダラスは懐から携帯用のナイフを取り出し、両手足に絡みつくエドワードの衣服を切り裂いていた。 「あ……」  エドワードが上ずった声をあげる。床に転がされた彼の体を見て、ルカは大きく眼を見開いていた。  月光に照らされる彼の胸は薄く、その下に続く両足の付け根には男である象徴がぶらさがっている。けれども彼の性器には深い傷跡がつき、睾丸のあるはずの部分にはなにもついていなかった。幹だけの小さなペニスがエドワードの股間にはぶら下がっている。 「見ないで……見るなっ……」  掠れた泣き声がエドワードの口から漏れる。細い裸体を露わにする彼は、青い眼から涙を流す。ダラスがそっとエドワードの頬に手をやると、彼は怯えた様子で大きく眼を見開いた。 「嫌だ……さわるな……」  身をくねらせ、エドワードは自身の体をルカたちから隠そうと躍起になる。そんなエドワードの両足を掴み、ルカは微笑んでいた。 「どうして、僕はありのままの君が見られてとても嬉しいのに……」  崩れた窓から入る月光がエドワードの傷ついた性器を照らす。その性器をうっとりとルカは銀の眼で眺めていた。  少年にも少女にも見えるエドワードの秘密がここにある。性器を傷つけられ生殖能力を失った彼の体は、男に成長することをやめてしまったのだ。  未発達なままの彼の体は、男にも女にもなることを許されない。モリーという言葉に縋ることでしか、彼は自分の存在を形容できないのだ。  そっとルカはエドワードの両足に跨り、そっと股間に顔を埋める。 「やあっ!」  小さな性器を口に含むと、エドワードは体を弓なりにそらせ叫んでみせた。その唇をダラスのそれが塞いでみせる。石造りの廃墟に淫猥な水音が反響する。ルカがそっと口を放すと、傷ついたエドワードの小さなそれは、桜色に色づき立ちあがっていた。そっとダラスも、エドワードから唇を放す。 「可愛い……」  「やぁ……」  そっと桜色に腫れあがったエドワードのそれにルカは触れる。エドワードは眼から涙を流し、小さな喘ぎ声をはっした。ダラスがそんなエドワードの涙を舌でなめあげる。エドワードはびくりと体を震わせ、大きく眼を見開いた。 「本当、かわいいな……」  荒い息をエドワードの顔に吹きかけながら、ダラスは囁く。 「やだ……やだっ……」 「恐くないよ。僕もそうだったけれど、すぐに良くなる……」  涙を流しながら嫌がるエドワードの顔を覗き込み、ルカは微笑んでいた。父と名乗った悪魔にその身を穿たれた瞬間を、ルカは今でも鮮明に覚えているのだ。  アレが実の父親だったのかルカには分からない。けれど、それからルカは女をいくら見てもときめかなくなった。それを決定づけたのは、射精を迎えてからだ。  ルカは、女の体を見ても欲情できない自分に唖然となった。そして、その原因が遠い日のあの行いと、自分の出自にあると考えたのだ。  ダラスとの行為はそのことをルカに教えてくれた。自分は悪魔の子であり、それゆえにソドマイドという罪を起こす宿命にある。  その宿命は、ルカに甘美なる想像力を与えるのだ。 「可愛い僕のエドワード……。君はとびっきり美しい芸術になるんだ。そうだね、君の背に翼を生やそう。きっと美しい堕天使に君はなれる……」 「やだ……さわるな……やだ……」 「恐がっても助けは……」 「助けてっ! ママっ!!」  エドワードが叫ぶ。その瞬間、崩れた廃屋の窓から、室内へと侵入してくる人影があった。
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