崇拝

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 甘い香りがする。  その香りを嗅ぎながら、そっとエドワードは夢の心地よさに自分の身をゆだねていた。  夢の中でエドワードは幼い自分の姿を見る。傷ついた性器を鏡越しに目の当たりにして大きく眼を見開く自分を、マダムが後ろから優しく抱きしめているのだ。 「大丈夫、そんなのちっともおかしくなんかない」  そういって、マダムはエドワードを優しく抱きすくめる。彼女の大きな胸が頭にあたって、エドワードは身を固くしていた。 「私の方が、お前なんかよりずっとおかしい存在だよ」  そういって、自分を抱きしめるマダムは長身の体に纏った衣服を脱いでいく。鏡越しに映る彼女の体はふくよかな乳房を持つ女性のそれだった。  たった一点を覗いては。 「あの……」 「ああこれ、生まれつきなんだ。だから小さい頃は見世物小屋にいた」  こんな因果な体だから、モリーたちのことが放っておけないんだとマダムは笑う。その微笑みを夢の中で見てエドワードは思う。  ああ、あなたが僕の母親でよかったと。  僕を助けてくれて、本当にありがとうと。  だから、エドワードはモリーになった。けれど、彼の母親は女の見目をしているために自分はモリーでないという。 「じゃあ、あなたは僕のママだ……。僕のママになって……」  そう鏡に向かって微笑むエドワードを、マダムは優しく抱きしめてくれた。  優しい香りを嗅ぎながら、エドワードは夢から目覚める。見慣れた鳥籠のゆれる天井が視界に映って、ここが駒鳥亭だと分かったとたん、エドワードは飛び跳ねるように体を起こしていた。 「よかった、調子はいいようだね」  優しいマダムの声が聴こえて、慌ててエドワードはそちらへと顔を向ける。マダムがエドワードの座るカウチソファに坐していた。肩肘をソファのひじ掛けにつけ、マダムはその上に顔を乗せている。  座っているマダムの膝を見ながら、エドワードは頬を薔薇色に染めていた。 「僕、またママに甘えてた……?」 「甘えてたなんて、レベルじゃない。私は大切なお前を傷者にされるところだったんだよ……」   すっと萌黄色のマダムの眼が冷たさを帯びる。びくりとエドワードは肩を震わせ、マダムから顔を逸らしていた。 「ごめんなさい。あなたを、巻き込みたくなかった……」 「店にいた不審な奴らは近所の警史に差し出したよ。何かあったときは、必ず私に連絡するようにいっただろう? エドワード」 「ごめんなさい……」 「もういい、今日は休業だ。お前のお陰で、面白いものが見られそうだしな」  にっとマダムが得意げな表情を浮かべてみせる。エドワードはそんな彼女を見て、大きく眼を見開いていた。彼女の後方に頬に布を充てたルカが立っていたからだ。彼の背後には、しょぼんと立ち尽くすダラスもいる。  ルカはその手にスケッチブックと木炭を持ち、熱っぽい眼差しをマダムに送っていた。マダムはそんな彼に不敵な微笑みを向けてみせる。ルカが歓喜に銀の眼を輝かせる。そんな彼に笑みを送りながら、マダムは纏っていた僧衣を勢いよく脱いだ。  女の割には長身で、肩の張ったその体には無数の古傷がついている。その古傷にそぐわぬ豊かな乳房に、エドワードの眼は釘付けになった。  そこだけ見るなら、マダムはたしかに女そのものだ。その下にある、本来ならばないものを除けば。  マダムの陰部には男の象徴がぶら下がっていた。その象徴の後方には、女であることを示す、赤い割れ目も存在する。男と女、両方の生をマダムの体は持ち合わせているのだ。 「ああ、なんてことだっ! 熱にあぶられた女が、こんなところにいるなんてっ!」  スケッチブックに木炭を走らせながら、ルカが興奮した声をあげる。  古来より、女は不完全な存在とされていた。体液説において女性の体液は冷たく湿っていると考えられており、熱を与えて温めれば体内に内包されている生殖器が顔を出すと信じられているのだ。  そのことを興奮したルカは言っているのだろう。ルカの柔らかな頬は薔薇色に輝き、銀の眼は喜悦に輝きを宿している。その後ろに立つダラスは、そんなルカを見つめながら苦笑を浮かべていた。 「ほら、欲しいか。私が。いくらでもくれてやるよ」 「ああ! マダムっ!!」  ルカはマダムのもとに膝まづき、筋肉がバランスよくついたマダムの脚に縋りつく。彼は微笑むマダムの体に手を這わせ、その豊かな乳房へと顔を埋めていた。 「男と女。両方を持ち合わせる完璧なる存在に会えるなんてっ! 美しい自然の芸術に会えるなんて、僕はなんて幸福なんだ! あなたは、あなたは何なの!? ああ、マダムっ」 「神に見捨てられた、ただの罪人だ。お前が狂喜するような偉い代物じゃないよ……」  マダムは苦笑しながら、乳房に顔を埋めるルカの髪をなでてやる。柔らかなルカの髪はマダムの筋張った指に嫌らしく絡みついてくるではないか。エドワードはそんなルカの髪を見て、嫌悪感を覚えていた。 「ママから離れて……」  低い声がエドワードの喉から溢れ出る。驚いた様子でルカはマダムの乳から顔を放し、エドワードを見つめた。 「離れろ、変態っ!」 「ああ、そう! 僕は変態だよっ!!」  小刻みに体を震わせ、ルカはそんなエドワードに満面の微笑みを向けてみせた。そんな彼を見て、エドワードは背筋が凍りつくのを感じていた。 「そう、君たちは美しい。とてつもなく美しいよ……」  そっとマダムの体を放し、ルカはエドワードへと歩んでいく。エドワードが後ずさりするのも気にせずに、ルカは彼の前に膝まづいてみせた。 「男でも女でもない。常識に縛られない。僕の求めていた者たちだ。僕と同じ異端者だ。君も、マダムも、ここのモリーたちも、全部僕の欲しかった者たちだ」  エドワードの足をなでながら、彼はうっとりと言葉を紡いでいく。銀の髪で顔を覆いながら、彼はそっとエドワードの足に口づけを落としたのだ。
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