シェイクスピアにて

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シェイクスピアにて

 ネズミ殺しとは、一定時間に犬がどれほどのネズミを殺せるかを賭ける賭博だ。そんなくだらない賭博をエドワルダは見に行こうという。待ち合わせ場所のコーヒー・ハウス、シェイクスピアでジェストコールを纏ったロビンはハムレットを読んでいた。  父を叔父に殺された王子ハムレットは、亡霊となった父にその事実を知らされ復讐を成すべきが苦悩する。そんな彼の苦悩が、悲劇へと繋がっていく物語だ。 「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」  そっとハムレットの有名な一節をロビンは口にする。信頼していた叔父が裏切り者だったことを知った彼の心の内は、どのようなものだったのだろうか。そして、エドワルダは父王の亡霊のように、ロビンを試そうとしているのだ。 「お待たせ。僕の駒鳥……」  後方から声をかけられ、ロビンはそちらへと顔を振り向かせる。そこには男物の服を着たエドワルダが立っていた。細い線の体を浮かび上がらせる白いシャツに、ブリーチズをまとった彼女は、金糸の美しい髪を後方に束ねていた。  ロビンは驚きに口を開ける。男の服を纏った彼女は、女性というよりも中世的な魅力を持つ青年にしか見えない。勝気な蒼い眼に笑みを浮かべる彼を見つめながら、ロビンは言葉をはっしていた。 「君は……エドワルダなのか?」 「この格好の時はエドワード。エドワードって呼んでくれなきゃ、嫌だな」 「ちょ……」  金糸の髪を翻して、エドワードはロビンに抱きついてくる。静かに本を読んでいた人々の視線が二人へと向けられ、ロビンは固まっていた。モリーハウスの中でエドワードに抱きつかれるよりも、気まずい。 「やめてくれ、ここは妖精の国じゃないんだ」 「でも僕らは妖精の国の住人だ」 「今は人間になってるだろ」  ため息とともにエドワードを引き離す。ロビンは翠色の眼で彼を睨みつけ、言葉を続けた。 「君は、男でいいんだよな?」 「この前は僕のこと女って言ったのに?」 「どっちなんだ?」 「両方」  にこやかなエドワードの言葉に、ロビンは項垂れる。ロビンは顔をあげ、エドワードに問いかけた。 「じゃあ、こちらではエドワードでいいんだよな?」 「うん、僕はエドワードだよ」  満面の笑みでエドワードは答えてくれる。どうやら彼の普段の姿は男性であるエドワードのようだ。ますます彼の性別が分からなくなって、ロビンはこめかみをひくつかせていた。 「君は男なのか?」 「男に見えるのならそうじゃないのか? 女は不完全な男だ。湿った属性を持つ女性たちは、男性のように乾いた属性になるために熱を必要とする。その熱によって陰核がペニスになった女もいるらしいよ」 「つまり、君は不完全な人である女から完全な人間である男になったと」 「ご明察。僕に熱をもたらしたものは、一体なんだろう?」  蒼いエドワードの眼がコーヒーハウスの炉を受けて妖しく光る。彼はその眼で物欲しげにロビンを見つめながら、そっとロビンの頬に指を滑らせていた。 「生憎と、今はそんな気分でもないし、僕は男を抱きたいとも思わない」 「どちらも僕なのに?」 「君がエドワルダであってもだ。伴侶でない女性を抱く気はないよ」 「そうか、君は運命の人を待っているのか」  あきれた様子でエドワードの眼が伏せられる。彼はいかにもつまらなそうな顔をしながら、ロビンの手を握っていた。 「そんなの永遠に現れっこないよ……。みんな都合のいい奴とつがいになってそれで終わり。それがこの世界の理だ。それすらも、僕には許されない」 「エドワード」 「行こう、ロビン。とびっきり面白いものを見せてあげるよ」  エドワードの手を引いてロビンが笑う。その眼を歪めた笑みを見て、ロビンは彼の中にある歪な何かに触れた気がした。そっとロビンはエドワードの手を握り返し、言葉を放つ。 「いいよ、連れて行ってくれ。君の言う神の御心がある場所に」
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