01 好都合な奴

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01 好都合な奴

 なぁーんで、こんな所に来ちゃったんだろう、という疑問がふと浮かんでしまった。  見渡す限り男ばっか。  寮に入る訳じゃないし、男しかいないのは学校だけで、しかも三年間の期限付き。  なんて軽く考えていたけど、やっぱ男子校って…。 「ムサいよなぁ」  廊下から教室を見渡して、盛大な溜め息と一緒に本音が漏れた。  これから三年間ずっとこんなんかよ、みたいな。  でもまぁ、中等部もあるこの学校。  六年間この中にどっぷり浸かっている奴らに比べれば、まだマシな方かな。  けど、五十歩百歩な感じもしないでもない。  何が悲しいって、今日から俺もそのムサい集団の一員だって事。  あーあ、ともう一回息を吐いた俺の横で、肩を震わせて笑う奴がいる。  明らかに俺の溜め息に連動した笑い。  ケンカ売ってんのか? と睨んでみたら、そいつは笑いを噛み殺しながらこっちを見た。 「そのうち、嫌でも慣れるよ」  目の前の光景に悲観する俺へのアドバイスのつもりなんだろうか。  日本的な容姿と硬派な印象のそいつは、苦笑しながら短めの髪をくしゃりと掴んでそう言った。  教室の入り口に立ち尽くしていた俺が邪魔だったんだろう。  そいつは、俺の横を擦りぬけるようにして教室へと入っていった。  何歩か歩いて、思い出したように振り向いた。 「慣れすぎんのも、ある意味問題だけどな」  ニヤリと意味有り気に笑って、教室の中央よりやや窓側寄りの席にどっかりと座った。  教卓に置いてある座席表を見ると、そいつが座った席には「黒見康太(くろみこうた)」と記してあった。  中等部からの持ち上がりっぽいな。  なんとなく。  雰囲気が。  それと、「そのうち慣れる」っていうセリフの実感の篭り具合とか。  気安いけど、悪い奴じゃなさそうだ。    高校の入学式翌日であるその日、担任は簡単なHRを「決めなくてはならない事がある」という言葉で切り出した。  各クラスから委員を選出しなきゃいけないんだと。  委員長と副委員長。  それと保健委員やら図書委員やら。 「立候補者がいなければ推薦になるんだけど、推薦って言ってもまだよく知らない奴ばっかで推しようがないと思うんだ。そこで、こっちで勝手に選んでおいたから」  にこやかにそう言って、担任が各委員を指名していった。  問題は、その中に俺の仲井知久(なかいともひさ)という名前があったという事。  しかも美化委員って。  一番メンドそう。  基本的に各クラス二人ずつなのをいい事に、中等部からの持ち上がりの奴と高校から入学 の奴がペアになるように選んだんだそうだ。  まぁ、とりあえず仲良くやれって事らしい。  別にそれはいいんだけど、何も俺を選ばなくてもさ。  俺、そういう面倒な事に協力なんかする気全く無いから。  でも、強制的にとは言え、ペアを組まされた奴がどんな奴かくらいは知っておきたいよな。  何て名前だったっけ?  自分の名前呼ばれた衝撃がデカすぎて、もう一人の名前忘れちゃったよ。  確か…「オカ」とか「ツナ」とか。  もう一回聞けば「あー」ってカンジで思い出せると思うんだよな。  と、言う訳で、HR終了後、俺は座席表のある教卓に向かった。 「よっ、美化委員」  座席表を手に取った所で、全く歓迎できない呼ばれ方をされた。 「はぁ?」  あからさまに嫌な表情で声のした方を見ると、そこにいたのはさっきの黒見康太だった。 「んな顔すんなよ」 「するっつーの」  文句を言いつつも、隣にやってきた康太が邪魔じゃなかった。  他人事にすっげぇ楽しそうに俺の不幸を笑ってやがるのに、こいつ相手だと何故か腹が立たない。  棘が無いんだな、きっと。  嫌味とか憐れみとか全く無くて、ただ単純に「自分じゃなくて良かった」って思っているだけ。  そういうのは、分かりやすくて嫌いじゃない。 「でも、相手が吉岡でよかったんじゃねぇの?」 「ヨシオカ?」 「そ。あそこに座ってる奴」  と言って康太が指したのは、廊下側一番後ろの席。  誰か座っているけど、下を向いていて顔がよく見えない。  でも「ヨシオカ」か。  言われてみれば、確かそんなカンジの名前だった気がする。  俺と一緒に美化委員なんてもんに任命された不幸な奴。 「大人しいから、サボっても文句言われないぞ」 「ふーん」 「ちょっと人見知りなトコがあるけどな」  何となく納得する俺の横で、康太がそう付け足した。  人見知りなのはともかく、サボっても文句言われないっていうのは不幸中の幸い。  俺とペアを組まされたと言うことは、ヨシオカは中等部からこの学校って事で、そのヨシオカを知っているっぽい発言をするこの康太も、やっぱそうなんだろう。  俺の最初の勘は当たっていたな。  確認の意を込めて持っていた座席表を見たら、思わず動きが止まってしまった。 「『吉岡』…の後、これ、何て読むんだ?」  座席表の吉岡の所を指して康太に訊いた。  下の名前、「那弦」って書いてあるんだけど、読み方が分からない。 「『ナツル』だってさ」  これも元々知っていたらしく、全く考える仕草も間もなくあっさりと答えられた。  にしても、「ナツル」か…。 「へぇ、変わってんなぁ」  今まで周りにいなかった響きだ。 「変わってるけど、似合ってると思うよ」  単純に思った事を呟いたら、康太からも単純な感想が返ってきた。  何だかよく分からないけど、そう言った康太の口調がやけに柔らかかった所為か、那弦って奴に対する印象はそう悪くはなかった。
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