03 困惑しかない

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03 困惑しかない

 那弦とは、あれ以来よく二人で会っている。  「あれ」とは、週番最後の日の「アレ」だ。  何度思い返してみても、妙な展開になってしまっている、と思う。      あの日、あの後、コトが済んでからの話だ。  俺の身支度が完璧に出来上がってから少しして、那弦がようやく起き上がろうという意思を見せはじめた。  気だるそうにこっちを見たかと思ったら、俺と目が合って慌てて逸らした。  こっちまで恥ずかしくなる、初々しい反応だ。 「那弦」  呼びかけには、ピクリと肩が動いた。 「こっち向いて」 「ヤだ」  今度は間髪いれずの即答。  あまりの素早さに、こっちも意地になってしまう。 「いいから向けって」  顎を掴んで無理矢理こちらを向かせた。 「…ぅ」  微かに漏れた声と、ちょっと嫌そうに歪んだ表情が更に煽ってくる。 「よく見るとキレイな顔してんのな」  そんなの知ってたけど。  ホントに今更だけど。  改めて実感してしまった。 「してないよ」  那弦は本気でそう思っているらしく、嫌な事を言われたというように眉を顰めた。 「お前、この学校で三年間もよく無事でいられたよなぁ」  笑い混じりに言うと、那弦は本当に意味が分からないように首を傾げた。  その解かってなさ加減が、また何とも言えない。 「ほら、そろそろ帰るぞ。立てるか?」  そんな立場じゃないのに、床に横になっている那弦が立ち上がる手助けにと手を差し出した。  那弦は、目の前に差し出された俺の手を取ろうか迷っているようだった。  そりゃ、当たり前か。  俺になんか触られたくないし、もちろん触りたくないに決まっている。  と思った矢先、那弦の困ったような瞳がこっちを見上げてきた。 「分かんない…」  か細い声が甘えた風に聞こえて、自分の立場なんて吹っ飛んでしまった。 「分かんないって何だよ」  一気に脱力して、自然に笑いが込み上げてくる。  この状況で律儀に答えるか?  しかも、多分立てないだろうし、絶対に痛いだろう。 「ごめんなさい…」 「いや…謝られても。悪いのはこっちだし」  怒った訳でも、責めた訳でもないのに、那弦に謝られてしまった。  何故、俺に謝るのか、若干の違和感を覚える。 「那弦」  まだ座ったままの那弦に目線を合わせるために、俺も床に膝を折った。  泣いたせいで赤くなってしまった眼を見ると、多少の罪悪感が戻って来る。  だけど、それ以上に、胸の奥に疼く何かが気になって落ち着かない。  なんだろな。  たまたま同じ学校で、たまたま同じクラスになっただけの、ちょっと小奇麗な同級生で少し遊んでやろうとしただけなのに。  明日からはもう接点なんて無い、二度と会話なんてしなくても良い奴だった筈なのに。  どうしてか、無性に離れがたい気分になってしまっている。 「また宜しくな」  「また」なんて無いことくらい、俺が一番よく知っている。  今は直後で思考が麻痺しているからいつもと同じように接してはいるけど、次に会った時にはきっともうダメに決まってる。  二度と口もきいてくれないだろう。  ちょっと惜しいな、とは思うけど、そうしたかったんだから仕方ない。  俺たちは互いに、ただの同級生でしかない。  それ以上にはならないんだから、壊れてしまったとしても悔いはなかった。  だから、「また」なんて言葉をつい口走ってしまった自分に驚いた。  その場の気分とは言え、余計な事を言ってしまった。
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