04 求めるよりも先に

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04 求めるよりも先に

 訳が分からないまま、放課後を待って那弦を俺の家へ招いた。  共働きの両親との三人暮らしなので、夜までは誰も帰って来ないし二人きりだ。  自室へ通して、那弦が自分の部屋にいる違和感に若干興奮する。  何しろ、ここにいる理由が理由だからな。  合意の上でここにいる。  つまり、何をしても良いし、されても文句は言わないという事だ。  部屋の端に鞄を置いた那弦が、おもむろに自らの制服のワイシャツのボタンに手を掛けた。  脱ごうとしているのか?  いきなり!? 「え!?」  俺が思わず声を上げると、那弦の手が止まった。  不思議そうにこちらを見ている。 「脱がない方がいい?」  首を傾げて訊いてくる。 「いや、そうじゃなくて」 「下だけ、脱げばいい?」 「そうでもなくて」  何だ、これは。  どういう状況だ?  正直、二度と触れる事の無いと思っていた那弦とまたヤれるのは好都合だ。  色々意味不明な所もあるが、本人が「いい」と言っているのだから良いに決まっている。  俺を「好き」だと言う妄言も、この際どーでもいい。  あの肌に、もう一度触れられるなら。  あの声も表情も、今度はじっくり堪能してやろう。  そう思ってここに連れてきた。  しかし、あんなに怯えた瞳で俺を見上げていた那弦が、今は自ら服を脱ごうとしている。  思っていた展開と違いすぎて、上手く言葉が出てこない。 「こういうの、よく分からなくて」  俯いた那弦がぽつりと言う。  いやいやいや。  よく分からないのはこっちだから。  積極的なのは嫌いじゃないが、那弦にされると何か辛いから。 「どうればいい?」  顔を上げて、真っすぐ俺を見る。  あんな事をされた相手を、そんな風に見つめる事ができるのだろうか。  踏み付けたと思ったのに、表情も佇まいも綺麗なままで。  俺なんかが何をしても、こいつの心には小さなシミすら残す事は出来ないのだろうか。  大した事ではなかった?  俺にとってはそうだったけど、那弦にはもっと大きな屈辱のような傷を付けただろうと思い込んでいた。  そうでは無かったのなら…悔しい、かな。 「とりあえず、全部脱いだら?」  ベッドを椅子代わりに腰を下ろし、全身を舐めるように見て言った。  出来ないだろうと思ったけど、那弦はサクサクとワイシャツのボタンを外し始めた。  それはそれで色気が無い。 「…事も無いか」  ズボンからシャツの裾を引っ張り出して、肩口から白い肌が覗く。  スルリとシャツが腕を滑り落ちるのに気を取られていると、ベルトを外す音が聞こえた。  マジで全部脱ぐ気か、こいつ。  ここに来た時点で只で帰すつもりはなかったが、思っていたのと違いすぎる。  この驚きって、今日だけで何度目だっけ。  冷静になろうとしても、目の前に羊が「食べてください」やってきたら欲望が勝ってしまう。  はっきり言って、那弦の言っている事は間違っている。  理解できなさすぎて気持ちが悪いくらいだ。  それでも、また繋がれるという誘惑に負けてしまう。 「那弦、こっち来て」  手招きすると、ストンとズボンを床に落とした那弦が、少し緊張した面持ちで近づいて来た。  ヤバイ。  抑えがきかない。 「あ」  腰に腕を回して引き寄せる。  間違っていると分かっていても、止められない。  親切な奴なら、きっと那弦の言動を窘めてその気持ちは勘違いだと教えてやるのだろう。  だけど俺は、その勘違いを好都合だと思ってしまう悪い奴だ。  なんて可哀想な那弦。  相手が俺じゃなければ良かったのに。  俺じゃなければ、二度もこんなに屈辱的な事を強いられることなんてなかったというのに。
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