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17話
「あの……将悟さん」
電車に乗ってからも、何故か無言の彼に耐えかねて声をかける。やっとこっちを見てくれたけど、どこか少し緊張しているみたいに見える。
「……今日、琴音の家に泊まるから。話したい事がある」
「それはいいですけど……」
話したい事って何だろう。それにさっき、私の聞き間違いでなければその内中西になるって言われた気がしたんだけど……
家に着いてからも、将悟さんはほとんど無言のままソファーに座っている。
「あの……お風呂先に入りますか?」
「いや、今はいい。……琴音、ここ座って」
トントンとソファーを示されて、将悟さんの横に大人しく座る。
「さっきのことだけど……」
珍しく歯切れが悪いから緊張しているんだと分かって、何故か私まで緊張で背筋が伸びた。
「……俺は、琴音と結婚したいと思ってる」
はっきりと告げられた言葉に否応なしに胸が高鳴った。
でも、どうして急に結婚?将悟さん、そんなに結婚願望が強かったんだろうか。
「急に結婚なんて言われて驚いてるだろうな」
「それはまあ……はい。どうして急に?」
「この前俺がここに戻ってきた時、晩飯作って待っててくれただろ?おかえりなさいって出迎えられてそれを見た時、琴音と結婚したらこんな感じなのか、幸せだろうなって思ったんだ」
そんな事思ってたんだ……確かにあの時すごく喜んでくれてたけど、そんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。
「今まで結婚願望なんて殆ど無かったのに、琴音と結婚したいってあの時強く思ったんだ。それに、社内にお前の事狙ってる奴がいるのも知ってたから、奪われる前に逃げられないように完全に掴まえようと思った」
「えっ?」
そんなの全然知らない。
「気付いてないんだろうとは思ってたが、本当に知らなかったんだな」
だって、ここ最近は将悟さんのことでいっぱいで他の事に気をやる余裕なんて無かったし、そもそもそういう意味で私に近寄ってくる男性なんて、私の知る限りではいないんだけど。
「琴音は俺のだから、誰にも譲ってやるつもりなんてない」
「将悟さん……」
その言葉は素直に嬉しい。
「……あ。まさか、だから皆の前であんな……?」
「いい機会だと思ってな。あれだけ派手にやればすぐに噂になるだろ。焦った琴音が俺を名前で呼んでくれたしな。お互いに名前で呼び合ってるって事も知れ渡るはずだ」
「来週からどんな顔して仕事すればいいんですか……」
絶対質問攻めにされる。しかも私が……!課長である将悟さんを会社で質問攻めにするような勇者は多分殆どいない。
容易に想像できる光景に溜め息を吐くしかなかった。
「別に普通にしてればいいだろ。悪いことをしてるわけじゃないんだから」
「それはそうですけど……」
上司と部下が社内恋愛なんて、悪くはなくてもやっぱり隠したい。
「それより琴音。もちろん俺と結婚してくれるよな?」
言葉だけなら自信満々に聞こえる台詞なのに、不安そうな表情が垣間見える。その表情が、冗談ではなく本気で結婚したいと思ってることを伝えてきた。
正直私は、まだ結婚までは考えてなかった。だってまだ告白されてからそんなに経ってない。両想いになったのだってついこの前。
だけど、不安そうな表情を隠しながらプロポーズしてくれた将悟さんを、すごく愛しいと感じている。
もう私は、彼から逃げられないのかもしれない。今は逃げるつもりもないし、逃げたいとも思ってないけど。これから先も、ずっと私はこの人を好きでい続けるんだろうな……。そんな確信めいたものを感じた。
「……将悟さん」
「ん?」
「私の事、ずっと好きでいてくれますか?」
「当たり前だろ。琴音の事ずっと好きで愛し続けられる自信があるから、結婚しようって言ってるんだ」
その言葉を聞いて心が決まった。
「……します。将悟さんと結婚します」
「っ……本当か? 本当にいいんだな? 絶対撤回なんてさせないぞ?」
「はい」
驚いた様に見つめてくる彼に、私はしっかりと頷いた。
「琴音……!」
「ちょっ……」
一瞬泣きそうな顔をした将悟さんに思い切り抱きつかれて、その勢いに負けた私はソファーに押し倒された。
抱きついたまま動かない彼の背中をトントンと叩いてみるけど、一向に腕の力は緩まない。ちょっと苦しい。
「将悟さん……?」
「……絶対幸せにする。後悔なんて絶対にさせない」
「……はい。私も、後悔なんてさせないように将悟さんのこと幸せにしますね」
そう伝えると、やっと顔を上げた将悟さんが嬉しそうに笑ってくれる。
「琴音……愛してる」
「私も……」
愛してます――そう続くはずの言葉は、彼の唇に飲み込まれていった。
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