20話

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あれから11か月――私達は今日、無事に結婚式を迎えた。 あの後、会社に結婚することを報告し春に私は部署を異動した。配属されたのは田中課長の部署。そこなら事務仕事だけだから定時で帰れるという事らしいけど、将悟さんが手を回したような気がしないでもない。仕事と家庭の両立がしやすそうだからいいんだけどね。 そして異動より少し前、私達は同居を開始した。新たに家を探すことにしたから、物件探しに引っ越し、そして家具の買い替え……とにかく色々と大変だったけど、将悟さんがリードしてくれたからすごく頼もしかった。そしてなにより、同じ場所に帰る事が出来るのが嬉しくて仕方がなかった。 「――――健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」 「はい。誓います」 誓いの言葉をお互いに交わし、誓いのキスの為に向き合う。ベール越しに目が合った将悟さんは少し緊張しているように見える。ベールが捲られ近づいて来る気配にそっと目を閉じる。いつも触れ合っているはずなのにいつもと違っている気がするのは、緊張のせいなのか結婚式という場だからなのか。 離れて行った将悟さんと目を合わせて微笑み合う。そこには、嬉しさと少しの安堵も含まれている。 ――大変だったのは、当然結婚式の準備もだった。 お互いの両親の顔合わせから式場や日程の決定、衣装を決めたり招待状を送って席次表を作って、指輪も決めて……仕事をしながらこなすのは、本当に大変だった。 加えて将悟さんは出張もあったから、更に大変だったと思う。それでも、2人の事だからと一緒にちゃんと考えてくれて、この人を好きになって良かったと改めて思った。 「先輩、本当に綺麗です!」 「松嶋さんの手紙に感動して、私泣いちゃったわ」 披露宴も無事に終わり招待客を見送っていると、七瀬先輩と鳴海さんが声をかけてくれた。2人とは部署が離れてしまったけど、ランチには一緒に行ったり変わらず仲良くしてもらってる。 「2人とも、今日はありがとうございます」 「課長が先輩の綺麗さにデレデレしている貴重な姿が見れて楽しかったです」 「本当にね。いつもの課長からは想像つかない姿が見れて良かったわ」 それは……上司として大丈夫なんだろうか。というか、将悟さんデレデレなんてしてなかったと思うんだけど。 「先輩、先輩」 手招きされて鳴海さんに近づいたら、耳元で言われた言葉に思わず顔が熱くなった。 「ハネムーンベビー楽しみにしてますから、今日の夜から頑張ってくださいね」 「なっ……!」 私の反応に、隣に居た将悟さんが不思議そうな顔をしていたけど絶対に言えない。言ったら本当に頑張っちゃいそうだし、今以上に頑張られたら私が大変。 でも、そんな事言わなくても頑張るつもりだったらしい将悟さんに、新婚旅行中毎晩のように求められ愛され続けた結果。 「おめでとうございます。妊娠されてますよ」 結婚式の後2か月生理が来なくて、もしかしてと思い訪れた産婦人科で伝えられた言葉は、やっぱりすごく嬉しかった。 2人の子供が、私のお腹の中にいる。そう思うと、とても不思議で凄く幸せな気持ちだった。 将悟さんは凄く喜んでくれて、その日から毎晩寝る時にお腹を撫でる程だ。まだ膨らんでもいないのに、嬉しそうに撫でる姿が凄く愛しい。 それから数か月が経ち、お腹も大きくなってそろそろ産休間近になった頃、会社である話が聞こえてきた。 「ねえねえ知ってた?社員旅行で男性社員から告白されると、結婚出来るらしいよ」 「え、本当?」 「本当本当。先輩から聞いたんだけどね、そういうカップルがいるんだって。前から社員旅行がきっかけで付き合いだす人多かったらしいし」 「じゃあ絶対参加しなきゃ。社員旅行っていつだっけ?」 「10月。そろそろ参加募集開始するって。そういう噂が出てから、参加人数多いらしいよ」 「絶対忘れないようにしなきゃ!」 そんな女性社員達の話を聞いて、私はあの社員旅行を思い出した。 入社してから初めて参加した社員旅行で、課長だった将悟さんが隣の席に座ったのは本当に偶然だった。あの日、私がワンピースなんて女性っぽい服装だったのも偶然。でもそのおかげで、彼は私を女だと意識したと言ってくれた。 告白されても、過去の経験からすぐには将悟さんの思いに答えられなかった私に、彼は言葉でも行動でも気持ちを伝えてくれた。 いつのまにか大好きになっていた人。いつも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる、愛しい人。 今はもう彼以外の人は考えられない程だから、偶然も重なれば運命なのかもしれないなんて思ってしまう。 私はあの社員旅行からずっと、彼に捕らわれているのかもしれない。 「ただいま」 「おかえりなさい」 夕食の準備をして待っていると、割と早く帰ってきた将悟さんに私はぎゅっと抱き着いた。 「琴音? どうしたんだ。お前から抱き着いてくるとか珍しいな」 「何だかすごく将悟さんに触れたくて」 「何かあったか?」 「何にもないよ。ただ、幸せだなって」 「俺もすごく幸せだ。もうすぐ家族も増えるしな。……琴音、これから先もずっと愛してる」 「私も、将悟さんのことずっと愛してる」 見つめ合っていると、お腹を中から元気よく蹴られる。思わず笑いながら大きくなったお腹を撫でると、将悟さんが手を重ねてきた。 「お、蹴ってる蹴ってる。俺達が仲良すぎて嫉妬したか?」 「混ぜてーって感じじゃない?」 「なるほど。でもまあ……生まれてきたら琴音を独り占めできなくなるし、今はまだ独占させてくれ」 お腹の我が子に向かってそんなことを呟いた将悟さんは、私の頬を愛しそうに撫でる。近づいて来る顔に目を閉じると、予想通り唇に感じる優しい温もりに私は幸せを噛みしめた。 ーーーEND---
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