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ぽすん、と手紙が下駄箱に落ちる音がした。生徒達がざわざわと行き交う昇降口。みんながみんな、自分達の楽しみややりたいことに夢中で、私達のことなど全く気に止める様子がない。
それが、今の私にとっては何よりの幸いだった。――今のこの瞬間を、誰にも邪魔されたくなかったから。
「夢ちゃんだったんだよね、お手紙くれてたの」
私が声をかけると、下駄箱の蓋に手を添えたままだった彼女ははっとして振り返った。
「ごめんね、夢ちゃん。なんとなく気づいちゃってたんだよね。一生懸命筆跡変えようとしてたみたいだけど、よく見たらやっぱり夢ちゃんの字に似てるし。クマさんの絵も、上手すぎるし。それに……夢ちゃんの苗字、木梨だし、去年から同じクラスだし」
「み、瑞歩……えっと、これはその……!」
「いいの、夢ちゃん。……私、怒ってなんかないから」
慌てた様子の彼女。きっと、私に全くバレていないと思っていたのだろう。私だって夢乃かどうかは半信半疑だった。文字は似ているけど、似ているだけ。絵も可愛いけれど、夢乃はあんまりイラストタッチな絵を描かないタイプ。便箋だって、どこにでも売っている代物だ。去年と今年で同じクラスになったKのつく男子、も実際複数存在している状況。
でも、それでもなんとなく、夢乃ではないかと思うようになったのは。
気づいたからだ。私を励ましてくれる夢乃の言葉と手紙の言葉が――結構な頻度で、似通っているということに。
同時に何故、彼女が名乗り出ることもできずにこんなやり方をしたのかということに。
――一つは、私が晒し上げられていた日、夢乃は熱でぐったりしていて声も出せる状態じゃなくて、私を助けられなかったことを後悔してたから。
そして、もう一つは。
「女の子、でもいいよ」
同性だったから。
気持ち悪いと思われて――親友でいられなくなることが恐ろしかったから。
「私が好きになったのは、その手紙をくれたとても優しい人で……“男の子だから”じゃないから。むしろ私、その相手が夢乃で……本当に良かったって、思ってるの」
手紙を読めば、わかる。これだけ長く続けていれば想像がつく。夢乃は、ただ私を励ましたくてあんな手紙を書いたわけではない。本当に、私に想いを寄せてくれていて――それを架空の少年を演じることでどうにか伝えたかった、それだけのことであったのだと。そこにあった恋愛感情は本物であったのだということ。
男の子にならなければ、想いを伝えることは許されないと思っていたらなのだと。
「……本当に、いいのか」
夢乃は、泣きそうな顔で、言った。
「……あたし、男の子じゃ、ないんだけど」
「いいって言ってるじゃん。夢ちゃん、私より成績いいのに、馬鹿だなあ」
私は背筋をピンと張って、言った。
「木梨夢乃さん!私と、付き合ってください!」
周囲を歩いていた生徒達が、驚いたように振り返ったけれど。こうなったらもう、それさえも関係ないと思えていた。
彼女と一緒なら、どんな世界もきっと怖くはないのだと。
「……こっちこそ」
やがて、彼女も。羞恥心も何も振り切るように、はっきりと口にした。
「付き合ってくれ!鈴木瑞歩!」
今日は、人生で最高の幸せ日和。
誰がなんと陰口を言おうと――私達にとっては、紛れもなく。
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