ゼンブを超える、“大好き”を。

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『名前も名乗れない、臆病者でごめんなさい。  でも俺は、どうしてもこの気持ちだけは瑞歩さんに伝えたかったんです。  瑞歩さんは、ハズレなんかじゃありません。  本当は俺が、隣の席になりたいと立候補したかったんです。  でも、勇気がなくて、言い出せませんでした。泣いている瑞歩さんを、助けることもできませんでした。本当の、本当に、ごめんなさい。  でも、俺は、瑞歩さんのことが好きです。  可愛いくて女の子らしい瑞歩さんの声が好きです。  綺麗で優しい瑞歩さんの字も大好きです。  作文が得意なのも知ってます。瑞歩さんは、将来みんなの役に立てる人材だと俺は確信しています。俺とはぜんぜん違います。自信を持ってほしいです。  また、手紙を書きます。  よかったらお返事をください。  俺の気持ちに答えるとか、そんなのは考えなくてもいいです、ただ信じてほしいんです。  あなたを必要としている人間は、あなたのそばにちゃんといるってことを』  最初は、誰かの悪戯としか思えなかったのである。名前や苗字がKで始まる男子は何人もいたが、誰も彼も私に好意的であるとは思えなかったし、接点などほとんどなきに等しかったのだから。そもそも、あの状況で助けてくれなかったのに、今更そんなことを言われても、というのが本心である。こんな手紙を書くくらいなら、どうしてあの時私を庇ってくれなかったの、と。  しかし、よくよく考えてみれば、あの時名乗り出て何かをしようとしていれば、その人物が標的にされることは明白である。夢乃の援護射撃があったならともかく、実はあの日は夢乃は出席していたものの熱があって教室でぐったりしていた状態だったのだ(本人はそこまでとは気づかず、やや無理して学校に来ていたらしい。夢乃らしいと言えばらしい)。その状況で、男子一人が私を助けるような真似などしたら、どんな悪意のある噂を立てられるかわかったものではない。逆に私に迷惑がかかることもあるだろう。そう考えると、簡単に助けて欲しいなど言えなかったような気がしないでもないのだ。  最初の手紙に返事は書かなかったが、二通目三通目と手紙が来るようになるうち――私は次第に、その手紙の主に心惹かれるようになっていったのである。  何故なら彼は、いつも私の良いところを見てくれていた。こんな私を励まし、同時に失敗をした時はそのつど的確なアドバイスを残してくれたのである。彼の言葉のおかげで、いくつも無用なトラブルを避けられたのは想像に難くない。やがて、私もまた彼に返事を書くようになり――秘密の文通は、こうして始まったのである。 ――K、か。誰なのかな。……去年と今年、両方でクラスが同じ人であるのは間違いないんだけど……うーん。  正直、ちゃんとシャッフルしたのか?と疑ってしまうくらいに、今年と去年のクラスには“被り”が少なくなかった。Kがつく男子で絞れば二、三人ではあるものの、そもそも果たして名前を隠したい相手が律儀にイニシャルを名乗っているものかどうか。それだけで相手を判断するのは、少々厳しいもののように思われてならなかった。 ――手紙を入れてるタイミングっていつだろ。……私が朝学校に来た時にはないから……朝から夕方までの間なのかな。あ、そういえば前に一度午後に校庭に出る時があって、その時にはもう手紙が置いてあったような気がする……その場では読めなかったけど。  ということは、手紙が置かれるのは昼休みの可能性が高そうだ。そもそも今日の手紙では“昨日”のことが話題に登っている。昨日の午後に起きた出来事は、今日の手紙で認るしかなかったということではなかろうか。 ――私も、Kのことが知りたい。……Kが誰なのか、ちゃんと知りたい。  顔も見たこともない相手に、本気の恋心を抱きつつある自分に私は気づいていた。Kの正体が、知りたい。Kと会って、手紙だけではなくちゃんと真正面から話がしたい。そう決断したならば、私の行動は早かった。明日の昼休み、下駄箱の付近を見張っていればきっとKの正体が分かるはずである。  同時に、何故Kが半年以上も名乗り出てくれないのか、その理由も判明するのではなかろうか。 ――容姿に自信がないとか、そういうこともあるかもしれないけど。……でも、きっとその答えは……。  この時、私は多分薄々どころか、半分以上は確信を持っていた気がするのだ。  手紙の文字とイラストに目を落として、私は思ったのである。――大好きという想いが真実ならば、それを超えるものなど何もないはずではないか、と。
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