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今だから言うが、僕は君のことがとても好きだった。
大学で同じ講義をとり、隣の席で笑い合っていた頃は、こんな気持ちになるなんて思ってもいなかった。
上京したばかりだった君は、実家で練習した少し鈍る標準語を謳いながら糸目で笑うのが印象的で、気づけば昼も夜も、何を話したら笑ってくれるのか考えていたよ。
昨日よりも明日の方が君のことを好きで、
明日もこの先もずっと僕を好きでいてほしい。
君が先に行ってしまうなら
僕はどんなことをしても追いかけるよ。
それが僕らが唯一証明出来る愛の証だから…
ーーー
「遺書にしてはポエティックというか、熱烈というか、昔のラブレターみたいですね」
マンションの一室で人が首を吊っていると大家さんから連絡があったのが2時間前。
現場では写真や証拠収集で警察がバタついている。
遺体が足場としたであろう椅子の近くに、添えられているかのような封筒。開けたら遺書のようなそうでないような不思議な文章が書かれていたのだ。
「あんた知らないの?このヤマこれで5人目よ」
同じく現場に直行した、先輩である山ノ目さんが遺書を読み上げた僕に怪訝な表情を向けた。艶のある黒髪ボブがなびき、いい女の匂いを放つ。残念だが山ノ目さんは花の独身であるが。
「5人目?」
「この遺書、見覚えない?部屋にもポスター貼ってあるでしょ」
部屋に入った瞬間、遺書の次に目に入ったポスターの数々。壁を一面、さらには天井までビジュアル系バンドのポスターが貼られていた。
「あ、漆黒の爪(ネイル)?」
「そう。そのバンドボーカルが最近死んだでしょ。それをきっかけに後追い自殺が多発してるのよ」
「あ、この遺書ってもしかして…」
「そう。バンドの曲の歌詞。遺書かわりに使うなんて難儀な話ね」
僕はその言葉を聞いて、遺書をもう一度読んだ。
ー君が先に行ってしまうなら
僕はどんなことをしても追いかけるよ。ー
追いかけたというのか、好きな人を。
「命を賭けて心底惚れる相手が出来るなんて、すごいわよね。本当に命を賭けるのはどうかと思うけど」
若輩者の自分には、当面理解できない内容ではあるが、
この文章は最早ラブレターというより、呪いだな、と頭の中で独りごちた。
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