第一話 LSS

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第一話 LSS

 雅也と彼方の二人はシナガワ解放区、総合区民会館で迷子になっていた。  その日は桐井大学のLSS工学部の受験日だった。何故、学校ではなく区民会館が試験会場なのか、二人は知らなかったが。当たり前だが、大学の受験自体初めてなのだ。こういうものだろうと、気にも留めなかった。  だだっ広いエントランスで受付を済ませ、工学部は二階だと指示された。その途中、トイレに行きたくなった雅也に、彼方も付き合うことにした。三階のトイレで用を済まし、いざテストに赴こうと気合を入れたとき、二人はあることに気がついた。  どちらも試験を行う部屋を、聞き逃していまっていたのだ。受験票を見るが、部屋について何も書かれていないことに気付いた。  そういう時は人に聞く。基本的な対処を試みた雅也が係員に話しかけると、三階の一番奥の部屋だと聞かされた。  二階って言ったよなぁ、なんて確認しあうが。何しろ一度聞き逃してしまっていたため、二人とも自分の記憶に自信が無かった。  ときに人は勘違いをする。一番奥の部屋だと言われたので、左側のほうへと二人は足を進めた。しかし、係員からしてみれば、そっちは奥ではなくて手前。廊下の両端に階段があるので、どちらが奥か分かっていなかったのだ。  そして、部屋のドアを開けると、そこには数台のLSSがあった。薄暗い部屋に居並ぶそれは迫力があり、ただでさえロボットの好きな二人の興味を示すのは容易いことであった。 「……おいおい、これLSSだよな?」  通常モードなので、フレームのまま鎮座されている。まるで中世の甲冑のように、静かに佇んでいた。受験のことなど脳の片隅に追いやり、二人はLSSに近づいていく。 「動くのか?」  雅也が子供のように瞳を輝かせ、独り言のように静かに問う。 「動くわけないだろ、少なくともオレらじゃな」  ほとんどの男はLSSに乗れない。それは一般常識であり、世界の決まりごとであった。去年、世界大会で優勝した先輩のように、アルコール遺伝子を持つ男性などほんの一握り。自分達がそんな先天的資質があるなんて、思っていなかった。  LSSの前に立った雅也は壊れ物に触れるかのように、静かに手を伸ばしてみる。クロガネで、重厚感に溢れ、それでいて神秘的。雅也が手を触れた時、青色の光が彼を包んだ。  眩しさに目を閉じた彼方が再び、瞳を開いたとき、そこにはクロガネのフレームに身を包んだ親友の姿があった。 「嘘……だろ?」  雅也の身長は百四十七センチ、十八歳の男子の平均より遥かに小さい。しかし今、目の前に居る、雅也は六フィートくらいのフレームに包まれていて。彼方の目線より少し高かった。 「お……おい、LSSに乗れちゃったぞ」  震える声が、目の前のロボットから聴こえてくる。声は間違いなく雅也のもので、三年間ずっと一緒に暮らしていた彼方が間違えるわけがない。 「な、なんでだ?」  彼方の声も震えていた。瞳はこれまでにないくらい大きく開き、唖然とした顔で目の前のLSSを見つめていた。 「……飛べたりすっかな?」 「駄目だろっ!」  雅也の空気を読まない発言にツッコミを入れる。こんなところでブースターなんか吹かしたら、この建物が火事になってしまう。LSSを装備しても、彼はいつもの雅也だった。彼方はどことなく安堵を覚える。 「あれかな、キミ実は女かい?」 「ぶっ殺してやろうか?」  この部屋には二人しか居ないが、もし誰かが聞いていたら誤解されそうな発言で雅也は怒った。
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