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第二話 適正検査。
旧首都、シナガワ解放区。桐井大学校内居住区、アオモノ・サイドタウン。駅前から少し離れ、もつ鍋屋の裏の小奇麗なマンションの前に三人は降り立った。
エントランスで加奈子は教師端末を翳して認証して、二人を建物内へと案内する。階段を上って、左から二番目の部屋。吉見という表札が貼ってあるドアの前で、再び教師端末を使って解錠をした。
案内されたリビングを見て、二人は目を丸くした。壁には一面の酒棚に洋酒がずらりと並んでいて、その殆どが見た事もないようなものばかり。
その下はカウンターで、綺麗で高価そうなグラスが光り輝いている。部屋の真ん中にはテーブルがあり、果物の入ったバスケット。システムキッチンというよりも、そこはまるでダイニングバーだった。
彼方は自分の母親が住んでいる部屋に初めて入ったが、実家よりも豪華で煌びやかなのに殺意を覚えてしまいそうになる。自分だけ、こんないい部屋に住みやがって。後で父親と妹に報告をしてやろうと、彼方は堅く心に誓った。
「さて、彼方と雅也くん。適正検査を始めるわよ」
その一言を皮切りに、加奈子は幾つかのボトルをカウンターへと並べ始める。
「ウォッカはシロック、ラムはキャプテンモルガン、ジンはタンカレー、テキーラはドンフリオ……」
大学の適正検査だと、どうしても安いスピリッツを使われてしまう。折角のお祝いなので、良いスピリッツでやりたいのだと加奈子は言った。しかし自分が飲めるなんて思ってもみなかった二人にとっては、どの酒の何が良いスピリッツなのかは全く理解が出来なかった。
「ウイスキーは……モーレンジでいっか。ブレンデーは勿論ヘネシー、XOでね」
六つのボトルを並べた後、加奈子はリストバンドのようなものを取り出すと、二人の元へと近づいた。手を差し出すようにと、促されるままそれを付けさせられる。デジタルの時計みたく、盤面のように画面が着いていた。加奈子がスイッチを入れると、何やら数値が表示されている。
「そこに出ているのは、血中アルコール度数のおおよその数値」
口にしてから五分後の数値の経過で、適正のスピリッツが何か分かるのだと加奈子は説明した。
「適正の……スピリッツ?」
「……つか、母上。スピリッツって何?」
雅也の台詞に加奈子は少し笑い、自分の息子には呆れた顔を見せた。何でスピリッツという単語すら知らないのと言われて、黙れクソババアと返しそうになったのを彼方はひとまず堪えた。
スピリッツとは平たく言うと、蒸留酒の事を指すと加奈子は告げた。おおよその酒の造り方として、醸造と蒸留の二種類の手法がある。スピリッツとは、その後者の方法を用いて作った酒を総称して呼ぶらしい。
そして適正検査とは、自分の体質に合ったものを見つける検査。適性のスピリッツは検査をするまでは、自分でも知る方法がない。その検査方法は幾つかあるが、試飲をするのが一番楽しめる方法だと加奈子は説明した。
「サントレスはスピリッツを霧状にして浴びせるらしいんだけどね。時間は掛からないけど、それじゃ野暮って思わない?」
それよりも何故、適正スピリッツを見つけなければいけないのかを雅也は質問した。LSSというロボットは、蒸留酒を燃料として使われる。構造上どうしても燃料が機内に霧散してしまう為、吸い込んでしまう羽目になる。
適性スピリッツならば、それ以外のものよりも酔いの廻りが遅いので、自分に合った蒸留酒を使ったLSSを選ぶ必要が出てくるのたという。
「さて、説明はこれくらいで宜しいかしら?」
二人が質問に答える前に、加奈子は既に小さいワイングラスに透明な液体を注いでいた。さっさと乾杯させろ、という意思表示なのだろうか。これ以上質問して、また野暮だとか言われるのも面倒だ。彼方は雅也にアイコンタクトして、二人同時に頷いた。
「それでは、乾杯しましょう」
小さいグラスを受け取った二人は、そっと小さく音を立てて乾杯をした。
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