第三話 まめだいふく。

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第三話 まめだいふく。

 初めての二日酔いは、脳みそを取り出して洗いたくなる程やばいと雅也は思った。  適正検査の結果、雅也はウイスキー、彼方がジン。結果を聞いた加奈子さんは何故か大喜びで。祝杯を上げたい、とかいう流れになってしまう。  そして、たらふく飲まされた結果が、今朝である。雅也は周りを見回して、形容したくないくらい酷いと思った。  そもそも前提として、男性はアルコール遺伝子を持たない。ちょっと身体に入っただけでも、良いとは言えないのに。それがあると分かった瞬間にザルのように飲ませるとか、母親の所業とは思えないと雅也は思った。  彼方の母親である加奈子さんは、世界三位の実力を持つLSS乗り。だからこそ、自分の息子に秘めた才能があるのが判って、嬉しいのは雅也も分からなくもない。親子仲良く布団で寝ている様は微笑ましいが、酒の匂いで全てが台無しだ。  とはいえ、雅也自身も少し頭痛がするのに気が付いた。酔っている時と違って、平衡感覚は取り戻したみたいだし、少し外の空気でも吸いに行こうかと雅也は思った。  顔を洗い、シャツで拭って、靴を履いて外へ出る。四月の陽気はポカポカしているのに、涼しい風が朝の澄んだ空気を運んできてくれた。  マンションを出ると、目の前の道は商店街だった。皮膚科、薬局、印鑑屋。呉服屋、ケーキ屋、イタリアン。軽やかな足取りで、雅也は商店街の中を散策していく。  およそトーキョーとは思えないくらい、のどかな商店街だって思った。畳屋、パン屋、歯科医院。雅也の地元には、こういった商店街が無いからか、少し面白くなってきたのだ。  文具屋、音楽教室、ペットクリニック。製本所、印房、妙な名前のカラオケスナック。自転車屋、郵便局、電気屋、酒屋、美容院、花屋。昔ながらのタバコ屋と、斜め向かいには和菓子屋があった。  何気なく和菓子屋の方に目を向けてみると、豆大福の張り紙が目に飛び込んできた。その瞬間、雅也の腹の虫が大きな悲鳴を上げた。 「豆大福だと、畜生食わせやがれ!」といった感じで、雅也には凶弾に抵抗する術が無かった。 「豆大福だと、畜生食わせやがれ!」と雅也も同じセリフを呟いてみると、更に欲求が高まってしまった。こうなったら、豆大福を食べずにはいられない。意を決した雅也が顔を上げると、目の前には不思議そうな顔をした女の子が立っていた。 「……まめだいふく、ですか?」 「……まめだいふく、です」  思わず呼応してしまってから、自分の独り言が聞かれてしまったのに彼は気が付いた。雅也の頭は真っ白になり、何て弁明しようかと口をパクパクさせる。女の子は何か思いついたかのような顔をして、和菓子屋へと入っていく。  どうしていいか分からず雅也は口をパクパクさせていると、店から出てきた女の子が笑顔で雅也へと手招きをした。 「中で食べていいそうですよ」  促されるまま店内へと入った雅也は、奥の畳へと案内される。そして彼の目の前には、白くてまん丸な豆大福と湯気の立ったお茶がちゃぶ台へと置かれた。 「それでは、お手を合わせて下さい」  言われるがままに雅也は両の手を合わせると、目の前の女の子も満面の笑みを浮かべる。 「いただきます」 「いた……だきます」
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