第四話 自己紹介

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第四話 自己紹介

 教室は見事に女性ばかりなので、雅也はかなり面食らった。  色とりどりの花のように、席には様々な女の子がそれぞれな顔で座っていた。一旦、退いて作戦を立て直そうと、彼方に申し出るものの。腹を括れと諭されてしまう。雅也とて女性が苦手という訳では無いが、自分達以外全員が女性だと流石に物怖じしてしまう。  誰か知り合いでも居れば、救いを求められるのだが。生憎、雅也には女の子の友達は居ない。ここは観念するしか無さそうだと、奇異の視線の中を雅也は突き進む。 「あれっ?」  静まり返った教室の中、幼さの残る丸い声が響いた。何だろう、と雅也が顔を上げると。左から三番目の席女の子が、彼に向けて驚きの目を向けていた。 「あの時の子だ!」  そう言われて雅也も、彼女の顔をよく見てみる。女の子の顔は、まるで大福みたくまん丸な頬の持ち主だった。雅也は昨日の光景がフラッシュバックし、思わず口に出してしまった。 「昨日の大福ちゃんか!」 「だ、大福は貴方じゃないですか!」  雅也が首を傾げたのは、何故自分が大福と呼ばれなきゃいけないのか分からなかったからだ。  それでも大福ちゃんは頬を餅のように膨らまして、何故だかプンスカ怒っている。何か言い返そうと思った時、先ほど以上に周りの奇異の目の色が強くなっているのに雅也は気が付いた。  とにかく、今は自分の席に座ろう。ポツポツある空席へと目を向け、雅也は自分の名前を探してみる。大福娘の後ろと、真ん中の一番前と、右の二番目と四番目が空席だった。 「吉見だから多分、オレはここかな」と彼方が一番右後ろの席へと移動する。雅也はもしかしてと思い、彼方の前の席を見る。  松田美緒という名前があり、その前の席に中野雅也の名前があった。彼方の前かと思ったが、そんな上手い話は無いかと雅也は少しため息をついた。  雅也が席に腰掛けると、隣の猫っぽい顔の女子と目が合った。笑顔で軽くペコリとされたので、雅也も無表情で繰り返す。 「わたし、鈴木貴菜。セパージュはメルロー、よろしくね!」  眠そうな顔の子は、スズキ・タカナというらしい。アナグラムすると、カナタになると雅也は思ったが。それよりも気になる事があった。 「……セパージュ?」  彼女の言ったセパージュというのも、メルローという言葉も何がなんだか良く分からなかった。困惑の瞳のまま彼方の方へと目を向けると、彼も隣の席の女の子と楽しく談笑をしていた。困り果ててしまった雅也は、適当な苦笑いでその場を切り抜けようとした。  すると教室中にチャイムが鳴り響く、キンコンカンコンという音は大学でも同じなのに少し関心する。雅也が顔を上げると、いつの間にか空席の殆どは埋まっていた。  しかし、数えてみると、自分と彼方含めて十人しか居なかった。廊下側の四番目と真ん中の一番前は、変わらず誰も居なかったが、雅也は気にしないことにした。  教室の前の引き戸が開き、スーツを着た女性が教壇へと歩いていく。先日の飲んだくれとは別人のように、凛々しい横顔だと雅也は思った。 「始めまして皆さん、LSS学部一年の担任を務める吉見加奈子と申します」  教室のところどころから、感嘆の息が漏れる音が聴こえる。隣の貴菜さんの表情を雅也は盗み見ると、あの吉見先生が教師をしてくれるのかという顔をしているのが分かった。  世界三位は権威であるのは分かってはいるが、そこまで凄いものなのか。雅也はこれから先、加奈子さんにどう接して行こうか思いあぐねいた。
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