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★ランバート
第一報は施設の近隣住民からの火災の報告だった。場所を聞いてすぐに、ファウストがいる場所だと分かったからある意味安心していた。彼がいるなら既に避難は完了して、初期消火くらいは始まっているだろうと。
だが、準備を終えて向かっている最中に入った施設従業員からの報告に、全身から血の気が引けた。
アリアが人質に取られ、ファウスト、アーサー、ルカが連れ去られた事。閉じ込められて、火災が起こった事。マクファーレンの当主が指揮を執って避難は完了したが、マクファーレン氏は負傷していること。
いても立ってもいられずに先に馬で駆けつけたランバートが見たものは、今にも焼け落ちてしまいそうなホテルと、半焼のチャペル、それを呆然と見上げる人々。そして、泣き崩れるアリアだった。
何が起こっているのか、一瞬パニックで分からなかった。理解しようとしなかった。だが、同じく呆けているわけにもいかない。消火活動が始まって、アシュレーに肩を叩かれて、どうにかその場を治め始めて今にいたる。
「ファウストを攫った犯人は複数……従業員の話では百人前後いたような印象だ」
「アリアちゃんの話を聞くと、犯人はまずホテルに侵入し、最初からアリアちゃんを探していた様子だね。おそらくファウスト様の無力化の為だろうけれど」
「速やかなホテルへの侵入、日程の把握を犯人側がしていたことから、おそらく従業員の中に協力者がいるだろう。そちらの調べは?」
「事件直後から一人、男が消えているそうです。ギャンブルが好きな下働きだったようです」
「探すぞ」
何せ被害者も多い。騎兵府で個別に話を聞いているが、とりまとめが大変だった。そこを、慣れているクラウルが手伝ってくれている。
アリアの話を聞いて戻ってきたウルバスは、ずっと見たことのない鋭い表情で話をしている。表情はとても厳しいのに語り口調は変わらなくて、ちぐはぐな感じがしている。
事件現場では今も多くの隊員が消火をしたり、鎮火したチャペルの内部を調べている。会議に参加しているゼロスは現場とここを結ぶ連絡係をしてくれている。現場では今頃、コンラッドとボリスが中心になってくれているだろう。
「ランバート、どう見るかえ?」
「……最初からファウストやアーサー様、ルカくんを狙っての犯行。アリアちゃんの体が弱い事も知っていたような動きから考えて、シュトライザー家をターゲットにした計画的な犯行かと思います」
シウスの問いかけに、ランバートは正直に答えた。それに、シウスも頷く。
「ファウストから、何か聞いていないかえ?」
「アーサー様がファウストを次期当主と定めているという話だけです。ですが、これが発端ではないかとも、思っています」
それ以外で、何があるというんだろう。国家転覆を狙った犯行なら、ファウストだけをターゲットにすればいい。連れ去るにしてもアーサーやルカではなく、非力で既に捉えていたアリアを連れていく方が確実で御しやすい。ファウストが従わざるを得ない事は、無抵抗で捕まった事でも実証されている。
そうしなかったのは、犯人にとってこの三人が重要だったから。シュトライザー直系の男子に用があった。だからアリアは式場で殺されかけたのだろう。
「ファウストが当主となって不都合がある者」
「チャールズ・シュトライザーだよ」
「!」
不意に会議室の戸口から聞き慣れた声がして、全員がそちらへと振り向く。その戸口にはランバートの父であるジョシュアと、現最高判事であるコーネリウスが立っていた。
ジョシュアは誰もが凍り付くような笑顔を浮かべ、重苦しい空気を纏っている。その隣にいるコーネリウスも変わらない様子ではあるが、空気はあまりに重かった。
「父上」
「アーサーが遺言を書き換えた。おそらくそれが、チャールズの耳に入ったんだろう」
「弁護士からかな? 内容を明かす事は禁じられているけれど、遺言に携わった事を口外してはいけないなんて法はないからね」
二人は近づいて、当然のように会議室の席につく。だが誰も、それに文句は言わなかった。
「まぁ、俺もその線が濃厚かと思っていました。ではコーネリウス様、今から強制捜査の令状出して頂けますか?」
「わーお! ジョシュア聞いた?! 君の息子って本当に君にそっくりなんだね。やることが素早くて、全部の手順すっ飛ばすよ」
「いい息子だろ、コーネリウス」
「出して下さるんですか?」
この場の空気を壊すようなコーネリウスの発言と、それに乗っかるジョシュア。それに苛立ったランバートの声は刺々しいものだが、それに怯むような可愛い狐狸ではない。けろっとした顔をしている。どちらかと言えば間に挟まれているシウスがオロオロしていた。
「残念、関与に関わる強い証言や証拠が無ければ出せないよ。状況から見た推論では話にならない」
「ではどのような用事でここへいらしたのでしょうか?」
「とても重要なキーマンとしてだとも!」
えっへん! と胸を張るコーネリウスを相手に、ランバートは苛立ちを通り越して頭が痛くなってきた。
以前父が笑いながら言っていた。「コーネリウスという男は場の空気を木っ端微塵に粉砕する天才だ」と。なるほど、納得した。
「では、その重要な要件を述べてください」
「アーサーは今年に入って遺言を書き換えた。全財産をファウストに残す」
「それはファウストが次期当主にと指名された時点で、大方の予想がついています」
「ただし、万が一アーサーとファウスト、両名が死亡した場合、シュトライザーの全財産は騎士団へと寄贈するものとする」
「……え?」
思わぬ言葉に、ランバートを始めシウス、クラウルも目を丸くする。シュトライザーの全財産だ、その額は計り知れない。それを全て騎士団へと寄贈するとなれば、おおよそ扱いきれるものではない。
「全財産って……」
「土地、家屋、保有している美術品、服飾、宝石から武具の類まで、ぜーんぶ!」
「聞いておらぬわ!」
「言ってないもん。そもそもアーサー、死んでないからね」
それもそうだ。遺言が公開されるのは当主が死亡した後のこと。今この内容を知っているのは、遺言を残した当人と、その場に立ち会った者だけだ。
「……ちょっと待ってください。そうなるとチャールズは二人を殺害しても、一銭も入らないのでは?」
「それどころか、その場合はシュトライザー家は解体し、爵位は陛下に返す事になっている。チャールズは無一文の無爵位で放り投げられるって寸法だよ。愉快でしょ?」
「はい、かなり」
にっこりといい笑顔を浮かべるコーネリウスに、ランバートも同意を示した。
だがそうなると、なぜチャールズは三人を攫ったのか。ある意味自分の首を絞めている事になるというのに。
「おそらくだが、チャールズも遺言の詳しい内容を知らないのだろうね」
「そうとしか思えぬの。アーサー様が動きを活発化させた事に危機感を覚え、一堂に会するこの機会を狙って動いた。故に、キーとなり得る者を一斉に攫い、まずは遺言の開示を求めるつもりであろう」
シウスの推論に、ランバートも頷く。それならば納得がいくのだ。
「コーネリウス様、チャールズ・シュトライザーがアーサー様の拉致を理由に遺言の開示を求めてくる可能性はありますか?」
「高いね。当主に万が一の身の危険、この場合重篤な病気や、戦火天災に巻き込まれた場合、突然の失踪や拉致が含まれるけれど、その場合には残された家族が今後の事を考える為に遺言の開示を求め、正当と判断されれば弁護士や役人立ち会いの下に開示されることになっている」
コーネリウスの冷静な言葉を聞いて、クラウルは頷いた。
「この遺言を覆すことは?」
「不可能だよ。アーサーが死亡したと判断された場合、遺言は速やかに履行される。ファウストの死亡も判断されれば、騎士団に全財産入る。これを、遺言に名の上がらないチャールズが覆す事はできない。これが、遺言の恐ろしい部分なんだよ」
「変える為には?」
「アーサーが自分で、遺言の書き換えを申し出て正式な手続きを踏まなければならない。遺言を残す本人と、立ち会いの弁護士が必要だけれど、四大貴族家はそれだけじゃいけない」
コーネリウスの言葉に、ジョシュアも頷く。だが他は何のことだか分からずに首を傾げた。
「四大公爵家は個人財産を勝手にはできない。一家族の勝手が、国家が傾く原因にもなり得るからね」
「ジョシュアの所は特にね。ヒッテルスバッハの資産は国家予算の数倍。それが全部悪用される形になったら大変だから、当主と弁護士だけでは遺言を残せないんだ」
「立ち会いの為、裁判所の最高責任者、もしくは陛下か陛下の準ずる政務長官、誰かの立ち会いがあり、全員が内容を熟知し、承認して署名捺印しなければ遺言書として機能しないことになっている」
「つまり最高判事の私か、陛下か、政務長官のジョシュアがいないとダメなんだよね」
ニコニコなコーネリウスと真面目なジョシュアを前に、全員が口をあんぐりとする。そして改めて四大貴族家の大きさと、目の前の二人の偉大さを知るのだ。
「この事態だ、アーサーをここに連れてくる事はできないだろう。そうなればコーネリウスか私を連れていくより他にない」
「私は今日から宮中に匿って貰う事にしたよ」
にっこりなコーネリウスはこれで安泰という顔をする。そうなると必然的に、視線はジョシュアに向かった。
「釣りをなさるおつもりか、ジョシュア様」
「餌は高級である方が食いつきがいいとは思わないかい? シウス」
「危険すぎます! ランバートもそう思うだろ?」
クラウルが少し焦ったようにランバートを見た。だがランバートはとても冷静で、何の揺らぎも躊躇いもなかった。
「父上、遺言は?」
「アレクシスに全てを残す。お前とハムレットには財産は残さないけれど、自由をあげよう」
「仕事は?」
「ヴィンセントが育っているし、陛下もいい感じに仕上がっている。問題ないだろうね」
「分かりました。骨は拾います」
「いいよ、気を遣わなくて。あと、後ろ暗いのでよければ兵隊も三千ほど動かしていいよ。騎士団に傷が残るようなら、お前個人で片付けなさい」
「有難うございます」
淡々とした親子の会話に、シウスやクラウル、ゼロスがオロオロしている。だがこの二人はこんなものだ。駒として機能できるならそれでいいという感覚だ。
「私は普通に生活をする。その間に動きがあればそこから探れる」
「その前に突破口を開きます。現在リーヴァイ様が取り押さえて下さった容疑者を取り調べている最中です」
「現場の検証が始まっていないか、調べます」
「俺は従業員達からもう少し話を聞いてみます」
「これらの情報をまとめて、行方を捜そう。そろそろ各関所からの情報も届くであろう」
「俺はいつでも動けるように部隊を整えつつ、チャールズの周囲を探ります」
それぞれの方針が決まったのは、もう日付も変わる頃だった。
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