穢された聖夜(アリア)

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穢された聖夜(アリア)

 翌日披露宴を行うパーティー会場で、テーブルは数席。少ない親族だけで行う前日のパーティーは、終始和やかな様子だった。  珍しいのはファウストとアーサー。この二人が同じ席で、穏やかでどこか嬉しそうな顔でいたことだった。  ファウストの方に心境の変化があったのかもしれない。今夜話し合うと言っていたけれど、今度こそ前とは違う様子になるのかもしれない。そんな期待を、アリアは抱いていた。  宿泊施設を併設している式場は、チャペルと披露宴会場があり、一階の連絡通路で宿泊用のホテルに繋がっている。ホテルはホテルで独立で営業をしているけれど、今日は貸し切りになっている。  三階の一番奥にある主寝室のベッドは大きい。挨拶と乾杯を終えて、少しだけ食事をしたアリアとメロディは、ヨシュアと一緒に既に部屋にいた。 「ベッドが広いわね!」 「はい、義姉様」  思わず目を輝かせた二人に、ヨシュアは小さく笑った。 「お二人とも、いいところのお嬢様じゃありませんか」 「でも! でも!」 「やっぱり違いますわよね!」  ニコニコしながらわかり合う女性陣に、ヨシュアは実に微笑ましい様子で笑った。  簡単に診察をして、アリアは定期薬を飲んで。そうしてメロディと二人で少しだけ話をしている。女性二人が集まれば、話題はやっぱり恋のお話だ。 「ルカ兄様って、普段どうなんですか?」  アリアの中でルカはいつもニコニコしている優しい兄なのだが、正直男の部分は見たことがない。妹にそういう姿を見せつけるのも違うが、想像できないのが本音だ。  メロディの方はパッと頬を染めて、とても嬉しそうな顔をした。 「とても優しくて、素敵よ。仕事も最初、まったく分からなかったんだけれどね、手取り足取り教えてくれて。失敗しても笑顔で根気強くて。私、少し鈍くさいところがあるから」 「へぇ、ルカ坊ちゃんは懐が大きいねぇ」 「はい! それに、お客様に絡まれた時にはやんわりと助けてくださって」 「ルカ兄様が!」 「勿論、力業じゃないわよ! でも、誠実な対応で……でも、目はちょっと怒っていたかしら」  意外だ。けれど、素敵だ。 「ファウスト様みたいに迫力はないけれど、とても素敵なんですよ」 「ファウスト兄様はちょっと……ねぇ?」 「迫力ありすぎますな、あれは」  ヨシュアを見たアリアに、彼もそう返す。そして三人で大いに笑った。 「ランバート義兄様はお元気でしょうか? 前回は丁度不在だったみたいで、お会いできなかったの」 「元気そうですよ。時々様子を見に来てくれるのよ。子供が出来たって知ったら喜んでくれて、時々差し入れとかしてくれて」 「ランバート義兄様らしいわ」  忙しそうなのに我が事のように喜んでくれたのだろうと想像できる。そしてやっぱり、マメで優しい人なんだと思う。 「早く結婚しないかしら、ランバート義兄様とファウスト兄様」 「そうしたら、盛大にお祝いしましょうね」 「勿論!」  二人でとても楽しく笑い合って、ランバートにはどんな婚礼衣装が似合うかとか、どんな式がいいかとか、そんな話をしていた。 「そういえば、アリアちゃんにも素敵な人ができたんですって?」 「え!」  にっこり笑うメロディが意地悪に見えてしまう。アリアは自然と顔が熱くなっていくのを感じて、同時にドキドキと落ち着かない気持ちになっていった。 「ウルバスさんはそんなんじゃありません。お友達です」 「ウルバスさんとおっしゃるのね。ファウスト様の部下の方なのよね?」 「はい。とても優しくて、気遣って頂いて。でも、面白い方でもあるんですよ! お手紙もユーモアがあって」 「いい方ですのね」  とても微笑ましい顔で話を聞いてくれるメロディに、アリアは熱心にあれこれ話した。騎士団で起こった小さな事を面白く書いてくれたり、ファウストやランバートの事を伝えてくれたり、アリアの事を聞いてくれたり。  お仕事もしているのに本当に筆まめで、多いときは月に五~六通もの手紙をやり取りしている。 「その方は、式に参加してくださらないのかしら?」 「それとなく聞いてみましたが、家族の大事な時間だからと断られてしまって。でも、後日お会いする事にはなっています」 「賑やかな方がいいのに、残念ね。それに、後々家族になるかもしれないのに」 「え?」 「アリアちゃんの旦那さんとか」 「えぇ!」  ニコニコと楽しそうなメロディに顔を赤くしたアリアは、ドキドキして何度か深呼吸をした。 「もぉ、からかわないでください義姉様」 「そうかしら? 私には、今アリアちゃんは恋をしているように見えるけれど」 「恋……なんて……」  顔が熱くてたまらなくて、心臓がドキドキする。発作の時みたいに苦しくはないけれど、なんだかずっと体が熱い感じがしている。  これが恋なら、とても大変だと思う。こんなにずっとドキドキしたりするんだ。  けれどそれも、嬉しかったり恥ずかしかったり、嫌なものじゃなくて嬉しい気持ちも沢山含んでいるんだと思う。少なくとも、ウルバスとの手紙ではそんな気持ちになるのだ。 「もぉ、義姉様ったらからかわないでください」 「そう?」 「すっかり熱くなってしまいました。私、お水もらってきますわ」  ベッドから立ち上がり、外の空気を吸いがてら水を飲みに部屋の外に出たアリアは階段へと向かって行く。その途中で、階下の異変に気づいた。 「――たか」 「いや」 「黒髪に、黒い目の女だろ」  複数の男の声と足音がする。階段を通して聞こえる声は割と近い。多分、直ぐ下の階だと思う。  しかも特徴は、アリアのそれに当てはまる。自分を探している? 何の為に??  嫌な感じでドキドキしてくる。下の降りたら、どうなってしまうの? それにもしもこの人達が上に上がってきたら? 上にはメロディがいる。メロディのお腹には、子供が……。  踵を返したアリアはできるだけ音を立てないようにメインの寝室へと入った。中には事態を知らないメロディとヨシュアが、顔を見合わせ首を傾げた。 「アリアちゃん、どうしたの?」 「あ……の……逃げ、て」 「お嬢様?」 「逃げてください、二人とも。ここに、知らない人が沢山きます」  伝えた途端、メロディの顔色は明らかに悪くなり、ヨシュアが真剣な顔をする。 「どういうことだい?」 「私にも分からなくて。でも、複数の男の人が下の階にいて、多分私を探しています。お願いです、二人は隠れて!」 「お嬢様が狙われているなら、お嬢様が隠れなければ」 「そうよアリアちゃん!」  メロディが手を握って隠れようと手を引く。だがアリアは首を横に振って手を離させ、代わりにメロディのお腹を一つ撫でた。 「大事な命です。私にはできない……大事な命なのです」  アリアには子供は望めない。だからこそ、メロディを守らなければいけない。メロディと共にある命を、守らなければいけない。 「俺が守るから、お嬢様は」 「ダメよ先生。義姉様に何かあったら、私じゃ何もできない。先生は必要なの」  二人の手を取り、握ったアリアは隣のヨシュアの部屋へと二人を追いやる。この内扉で繋がった部屋には隠し部屋も大きなクローゼットもある。きっとアリアを見つければ目的も達成されるのだから、二人は見逃して貰えるかもしれない。  色々と言う二人を部屋に押しやってドアを閉めて鍵をかけた。その間にも足音がドアの外でし始めていた。  早く見つけてもらわないと。アリアは部屋を見回して、置いてあった花瓶を大きく頭の上へと持ち上げた。  花瓶の割れる大きな音が響き、足音が一斉にこちらへと向かってくる。  怖い。心臓がドキドキして、足が震えてくる。殺されてしまうかもしれない。何をされるか分からない。逃げ出せるなら逃げたい。けれど……  ドアが開いて入ってきたのはがたいのいい男が複数人。いっそ、部屋を埋め尽くす勢いだ。 「黒髪に黒い瞳。おい、アンタがアリア・マクファーレンか?」 「……そう、ですけれど。貴方たちは」  震え声で伝えるアリアの声に答える者なんていない。目的を達成した男達はそれでいいのだろう。アリアの太ももくらいある腕を伸ばしてアリアの腕を捻り上げた。 「いや! 離してください!」 「いいからこい!」 「んぅ!!」  アリアの口を塞ぐ男の手は厚くて、そんな手で顎を掴まれたら声も出ない。  ガヤガヤと男達が部屋から出ていく。アリアも太い腕に捕まって動けず、足は宙ぶらりんに浮いている。圧迫される腹の部分が苦しい。けれどこれがメロディだったら、今頃赤ちゃんはどうなっていたんだろう。  ズンズン進んでいく男達の一団は階段を下まで降りきる。そうして向かったのは、まだパーティーをしているだろう披露宴会場だった。 「んぅぅ!」  体を捩りどうにかして逃げようとするが、アリアの力では無理だった。  パーティー会場の大きな観音開きのドアが開け放たれ、談笑の空気が一気に凍る。メロディの両親や兄姉、親戚、マクファーレンやシュトライザーの家族も、突然侵入した者達を騒然と見ていた。 「ファウスト・シュトライザーはどこだ!」 「!」  アリアを掴んでいる男が声を張り上げる。アリアの目が出入り口に比較的近い席にいるファウストを見つけた。  鋭い眼光、食いしばる口元。それらがアリアとその背後の男へと注がれ、僅かに腰が上がっている。  アリアは僅かに動く首を左右に振った。名乗り出たら何をされるか分からない。いいことは絶対に起こらない。 「この女がどうなってもいいらしいな!」 「っ!」  体を締め上げる力が強くなって、痛さと苦しさが増していく。息をつめ、目を強くつむった。このまま絞め殺されてしまうのではないか。そんな恐怖に体が震えた。 「俺がファウストだ!」  名乗り出て立ち上がり、一歩前に出たファウストへと視線が集まる。背後の男が僅かに笑ったのが分かった。 「確かにこの女に似てやがる。おい、動くなよ! 動けばこの女がどうなるか、分かってるんだろうな」 「っ!」  口を解放された。だが次には鋭いナイフが首元に当たった。冷たい切っ先が首に当たっていて、ほんの少し痛んだ。  ファウストはギリッと音がしそうなくらい歯を食いしばっている。アリアの目に、申し訳なさと恐怖から涙が浮かんだ。 「おい」 「おう」  数人の男がファウストへと近づいていく。頭の後ろで手を組むように言われたファウストがそのまま膝を折らされる。後ろ手に縄を掛けられ、更に足にも縄を掛けられて床に転がったファウストはアリアの目の前で猿ぐつわをされ、思い切り殴られて倒れたまま動かなくなった。 「いやぁ! 兄様!!」  咄嗟に悲鳴を上げたアリアの首が痛んで、何かが肌を濡らした。それでも叫ぶ事はやめられなかった。 「ちっ、五月蠅い女だ」 「んぅぅ!」  首を締め上げられ、息がつまる。声が奪われ、それでも足をばたつかせて抵抗する。けれどアリアの倍はありそうながたいの男を相手に、そんな抵抗は無意味過ぎた。 「アーサー・シュトライザー、ルカ・マクファーレンも前に出ろ!」  先に縛り上げたファウストを運び出す奴ら。同じく名を上げられたアーサーとルカが立ち上がった。 「娘を離してもらおうか」 「それはアンタの協力次第だぜ、シュトライザー公爵よ」 「いくらだ」 「アンタから貰わなくても、ちゃんと貰えるんでね」  聞く耳は持たないという男を睨むアーサーを、他の男が後ろ手に縛り上げる。ルカも同じように縛り上げられて、会場から外に出されていく。多くいた男達もゾロゾロと出て行って、残ったのはアリアを縛り上げる男だけだった。 「さて、仕事も終わりだ」  途端、アリアの体が宙に投げ出される。自由を取り戻した体が地面に転がる。そこに、陰がかかった。  振り仰いで見上げたそこに、銀色に光る剣が見える。輝かしいシャンデリアを背景にした男が剣を抜き、今まさにアリアへと振り下ろそうとしていた。 「アリア!」 「っ!」  もうダメなんだと思った。殺されてしまうのだと。ニッと笑った男が剣を振り下ろすのを、怖くて直視できずに身を固くして蹲る。その体を、誰かがふわりと包み込むように受け止める。驚いて開けた目には、黒いスーツと真新しい白いシャツがあった。 「ふんぬぅ!」 「なっ!!」  振り下ろされた剣を受け止めたのは、アリアを抱き込んだリーヴァイの腕だった。クロスさせた腕に剣が埋まり、濃い血の臭いが広がる。  それでもリーヴァイの目はギラギラと光り、口元には敵を前にして武者震いでもするような笑みが浮かんでいた。 「ふんっ!」  リーヴァイの右腕に太い血管が浮き上がり、怯む男の鳩尾に埋まる。嘔吐しながら倒れた男を前に、リーヴァイはフンッ! と鼻息を荒くした。 「このくらいで伸びおって。最近の若いのは根性がない」 「お祖父様!」  アリアは目に涙をためてリーヴァイの腰を抱きしめた。剣を受け止めた左腕は真っ赤で、指先を通って血が滴っている。 「まぁ、切り落とされた訳ではないわい。これがファウストなら、両腕もってかれてたわ」 「お祖父様……」  豪快に言ったが、リーヴァイは次に真剣な顔をする。そして、ぽつりと呟いた。 「してやられたか。早めに手を打たなければ」  自分のタイを引き抜き腕の上でキツく結んだリーヴァイが、気絶した男の腕も縛り上げる。その間に他の人が会場のドアを開けようとして……開かない事に悲鳴を上げた。 「開かない! どうして……」 「ねぇ、なんだか臭いが……」  出席していた夫人が、口元にハンカチを当てて辺りを見回す。そして、外に赤い色を見て悲鳴を上げた。 「火が!」 「まったく、次から次へと忙しいもんじゃわい」  窓の外を睨み付けたリーヴァイは舌打ちをして、ドカドカと進み出て庭に出るための大きな窓を開け放った。 「まだ火が小さいうちに出るんじゃ! 誰か、騎士団にも連絡してくれ!」  声を張り上げるリーヴァイに従い、押し寄せるように人が外へと出て行く。  リーヴァイは転がした男を肩に背負い、アリアの手を引いて外へと出た。  建物は、ホテルを含めて燃えていた。ホテルの方が早く火が回ったのか、既に飲まれている。 「義姉様……先生!」  思わず走り出そうとしたアリアの胸に、重い苦しさが突然襲いかかってくる。膝をついて息を整えて、それでも前に出ようと手を伸ばした。  ホテルにはメロディとヨシュアがいるはずで、二人の姿が見えない。  涙が止まらず、それでも前に出た。捕まって、ファウストもアーサーもルカも連れていかれた。メロディが、ヨシュアがホテルにいる。リーヴァイの腕も。  痛いくらいにドキドキする心臓を外側から押さえるようにして、アリアはよろよろと前に出る。炎の迫る建物に近づいていって……後ろから腕を掴まれた。 「何をしているんだ、お嬢様!」 「……先生?」 「アリアちゃん」 「メロディ義姉様?」  怖い顔をする二人が腕を引き、炎の赤さに顔を照らされている。多少すすけているものの、ちゃんと暖かさを感じる手だった。 「危ないからこっちきなさい!」 「先生……義姉様……私……っ!」  声を上げて、アリアはヨシュアに抱きついて泣いた。その背中を、ヨシュアはしっかりと抱きしめて頷いた。  ガラガラと建物が燃え落ちる音がする。人々の呆然とした顔が炎に照らし出される。周囲が騒がしくなって、騎士団が消火活動を始める。  そして、死んでしまいそうなほど青い顔をしたランバートが、アリアの前に立った。
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