スペンサーの秘密

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スペンサーの秘密

 深夜に鎮火したホテルから、明朝になって一つの遺体が出てきた。  顔は分からず、性別も曖昧ではあったが検死の結果は男。遺体の状態から、後ろ手に拘束されていたのだろうと分かった。  身長や、骨を見たエリオットがざっと出した顔かたちから、行方が分からなくなっている下働きの男だろう事がわかったのが、空が明るくなり始める頃だった。 「こっちの手がかりもなしかえ」 「従業員の話によると、大多数の客人はパーティーの方にいたようです。ホテル側はフロントのスタッフと下働きの者が数人。その男はホテル側にいたそうです」  ウルバスの報告に、全員が溜息をつく。大方の予想通りであり、進展はない。 「夜間にシュトライザー家の馬車が関所を通過し、対応したのはアーサー様本人。そのほかにも人は乗っていたが、急用だと言われて通したか」 「ファウストは確認されていない」 「おおかた、荷物入れにでも入れられたんだろう。あいつが車内で暴れたら大騒ぎだ」  火事の初期消火に向かい、手薄になった西門から出た馬車の行方は分かっていない。だが、対応したのはアーサーらしい。それも、脅されての事だろうと推測できる。 「クラウル様、捕まった男はどうですか?」  ランバートの問いかけに、クラウルは首を横に振った。 「大した事は知らないんだろう」 「そう、ですか……」  なんとなく予想はしていたが、そちらも手がかりなし。そうなるとますます行方が分からない。関所を通った馬車は次の関所を通過してはいない。王都からそれほど離れた場所には行っていないはずだ。  だがその範囲にシュトライザー所有や関連の建物は数十あり、アーサー不在の今、立ち入り許可は長男チャールズが持っている。当然、許可など出ないだろう。  焦りが胸の奥をざわつかせる。もしもこのままファウストが戻ってこなかったら? 実はもう殺されていたら? 殺されていなくても、大きな怪我をしていたら? 頭を殴られて気を失ったという話もあった。頭は何があるか分からない。それが元で…… 「……っ」  軽い目眩がして、眉間の辺りを指で揉んだ。休めと言われたが、目を閉じると悪い想像しかできなくて拒んだ。  会議室の中を見回すが、そこにファウストの姿はない。離れて仕事をしていても、あの人がいると分かればどっしりと構えていられたのに。今はこんなにも、心細くて不安だ。 「大丈夫か?」 「ゼロス」 「少し休んだほうがいい。エリオット様が、眠れないなら薬を出すと言っていた」  心配そうにされて、ランバートは苦笑して首を横に振った。 「正直、眠りたくないんだ。嫌な夢しか見ない気がして」 「……気持ちは、分かる」  呟いたゼロスもまた、痛そうな顔をする。同じ痛みを知るからだろう。 「俺、今までずっとファウストがいることに安心していたんだ。離れての作戦でも、待っていてくれるのが分かっていたから動けた。けれど今は……」  本当に、自立している気になってどれだけ甘え、依存していたんだ。迎えてくれる人がいるから、待っていてくれる人がいるから、安心して飛び立つ事もできていたんだ。ここに必ずいてくれたから。  ギリッと、奥歯を強く噛んだ。負けていられない。弱音を吐いていられない。早く見つけなければ。早く……  その時、コンコンという控えめなノックの音がして、全員がドアの方を見た。そして、ゆっくりとドアが開いた。 「失礼します」 「スペンサー?」  入ってきた青年に、ランバートは首を傾げる。現在一年目は火災現場の片付けや街の警備をしている。交代制だから、彼は今休憩なのだろう。  他の面々も首を傾げて突然の訪問者を見ていた。 「どうした? 何かあったか?」 「あぁ、いえ。むしろ何もないからこそ来たといいますか」 「どういうことだ、スペンサー」  一年目の教育係をしているゼロスも訝しい顔をする。だがこの時点でランバートとクラウルは、彼が何を言いたいのかを察して険しい顔をした。 「あの、よろしければ捉えている男に、お会いできないかと思いまして」 「どうしてお前が会うんだ?」  ゼロスは分からない顔をする。当然だ、言っていない事だから。  スペンサーは困っている。おそらくなんと説明したらいいか、分からないのだろう。 「スペンサー、関わらなくていい。お前は足を洗ったのだろ」 「はい、貴方様のおかげで。だからこそ、ご恩返しがしたいのです。おそらく、お力になれますよ」  まったく表情を変えないまま、スペンサーは言う。その口ぶりから、もう決めてきたのだと察した。 「クラウル様、手詰まりならいいではありませんか。物は試しと言いますから」 「……どうする、ランバート」  クラウルの問いかけは、そのまま彼の好意的な意見でもある。反対ならばそうはっきりと伝えるだろう。そうせずにランバートに委ねるのだから、OKが出ればやってみるのだろう。  考えた。こうしている間にもファウストになにかあったら。思うと、何でもいいから縋りたい気持ちだ。 「スペンサー、頼めるか?」 「お任せください。いやぁ、ようやく貴方に必要とされて良かったですよ」  にっこりと笑ったスペンサーに、ランバートは申し訳なく頭を下げた。
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