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「この後、時間ある?」
「え?」
「あ、ごめんね。若いから金曜の夜はもう予定が入ってるかな。彼女とデートとか」
「か、彼女だなんて、そんなのいません、僕」
男は顔を真っ赤にして首を横に振った。素直な仕草が可愛い。
「じゃあ、一緒に食事でもどう?」
「え? でも……僕は――」
男は逡巡する様子を見せた。表情が読みやすく、考えていることが全部分かるのが面白い。
「俺と一緒は嫌かな?」
「あ、ええと、そうではなくて……」
視線を逸らして下を向く。金のことを心配しているのだとすぐに分かった。
「俺が誘ったんだ。もちろん奢るよ」
「でも……」
「じゃあ、決まりだね。行こう」
二人はエレベーターで一階まで下りてビルの外へ出た。
並んで歩き、大通りに面した路上に出た所で、大神は男の手を引いた。
「行こう」
「え?」
「タクシーが止まってる」
目の前の道路で客を降ろしたタクシーのドアが閉まろうとしていた。
けれど、そんなのは口実だ。
手を握りたかった。男の白い手を。
握った瞬間、嘘のように胸が騒いだ。
――ああ、参ったな……。
冗談だろうと思う余裕はあったが、久しぶりに相場以外で興奮している自分を感じて、驚いた。
ときめいている。
心臓が大きく一つ打ち、手をつかんで走り出した足が宙に浮いていた。
夜の湿気を含んだ風が頬をふわりと撫でていく。自分でも信じられないほど気持ちが高揚していた。その鮮やかな興奮はなかなか収まらなかった。
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