2017人が本棚に入れています
本棚に追加
「……すみません。大神さんみたいな凄い人を僕の家に招くのは失礼ですよね。築三十年のボロアパートだし、何もない部屋だから」
「いや、嬉しいよ。金魚も見たいし」
「本当ですか?」
周の表情がぱっと明るくなる。素直な様子にわずかに胸が痛んだ。
この男は自分がどんな目で見られているのか、何を目的にこうやって食事をしているのか、それさえ疑っていない。この後、自分の人生がどうなるのかも分かっていない。常に先読みして物事を進める相場師の大神にとっては考えられないことだった。
落とすのは簡単だ。もう落ちかけてさえいる。
だが――
この男を手に入れてもいいのだろうか。
珍しく罪悪感が頭をもたげる。どうしたのだろう。いつものようにやれない自分に少しだけ戸惑った。周の純粋さにあてられでもしたのだろうか。
何も罪悪感を持つことはない。今までだってそうだった。日常を非日常にする軽い遊び。相手を傷つけたりはしない、自分が楽しむ分だけ、相手にもきちんとリターンを与える。相場と同じだ。稼がせてくれたディールには敬意を払う。だが、そこに留まったりはしない。いい波が来たら逃さず、次をものにする。
――目の前の男は取引の価値がある男だろうか?
どうでもいいと思い、どうしても欲しいと思う。
大神は胸の内で呟いた。
――さあ、周。俺と取引だ。
男の笑顔を眺めながら、やはり自分はどうしようもない人間なのだと心の中で苦笑した。
最初のコメントを投稿しよう!