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株式市場の前場が終わり、立会時間の休憩を縫って大神はディーリングルームを出た。大手町にあるこのオフィスビルの中には、大神が勤める菱沼証券と日本三大メガバンクの一つである菱沼フィナンシャルグループが入っている。五十階建のビルの地下一階から十三階までが商業施設になっており、十五階にスカイロビーを挟んで、そこから上がオフィスフロアになっている。大神はそのオフィスフロアの中にあるコンビニに入った。
買い物カゴは無視して、いつものようにエナジードリンクとサンドイッチを手に取る。そのままレジの列に並んだ。
しばらくして異変に気づいた。
このコンビニはオフィスフロアの人間しか利用できない。そのため中にいる客は菱沼グループの証券マンかバンカーのどちらかだ。コンビニの店員がミスをしたからといって声を荒らげたりするような連中ではないが、レジの列が遅々として進まないせいか周囲に殺伐とした空気が流れ始めていた。
大神も苛立ちを隠しながら腕時計を確認する。後場が始まるまであと十五分しかない。
二つ前の客が会計を済ませて、ようやくその原因が分かった。レジを担当している店員の胸に研修中という表示が見えた。確かにそうなのだろう。一つ一つの動作に慣れておらず、緊張のせいか肩に酷く力が入っている。バーコードを読み取るという単純な作業にさえ時間が掛かっていた。
「あっ……あの、すみません」
男はしきりに謝っている。注文を受けたコーヒーを台の上に溢してしまったようだ。
「ごめんね。もう時間ないからいいよ」
一つ前の客が時計を覗きながらその場を立ち去った。首から下げたIDカードのラインがオレンジ色で菱沼証券のディーラーだと分かる。その背中を見送りながら大神は商品をカウンターに置いた。
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