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株式市場の後場を終えて終値を確認した後、大神はインカムを外して一息ついた。煙草が吸いたくなり、喫煙室があるフロアまでエレベーターで降りた。このビルは全館禁煙でそこでしか煙草が吸えないのが面倒だ。ガラス張りの喫煙室の横に社員が休めるラウンジがある。そこにさっきの男が腰掛けていた。
どうしたのだろう。
酷く項垂れているように見える。
手際の悪さを店長にでも叱責されたのだろうか。
大神は近づいて声を掛けた。
「どうかしたの?」
男は大神の声にビクリと体を震わせた。そんなに大きな声だっただろうか。男は大神を見上げると小さな声ですみませんと呟いた。大神のIDカードを一生懸命覗き込んでいる。
「あの……僕……皆さんに迷惑を掛けてばかりで……皆さん、とてもお忙しいのに僕が――」
予想通りの反応でがっかりする。やはり、声を掛けたのは間違いだったかなと思ったが、大神は男の隣に座った。
「客か店長にでも怒られたの?」
「え? ……あ、はい。そうです。すみません」
男はおどおどした調子で受け答えをしている。その姿にも少しだけイラッとした。だが、大神は本音をおくびにも出さず、笑顔で応対した。
「火傷、しなかった?」
「え?」
「コーヒー溢してたでしょ」
「あ、そんな……大丈夫です。し、心配して頂けるなんて光栄です」
そう言うと男はわずかに微笑んだ。
「これ、食べてみる? 可愛いでしょ?」
大神はポケットからひよこの形をしたクッキーを取り出した。ついさっき女子社員からもらったお土産のクッキーだった。大神はこんなものは食わない。しばらくしたらゴミ箱に捨てるつもりだった。
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