【3】side Ogami……取引開始

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【3】side Ogami……取引開始

 大神はコンビニ店員である長月周に声を掛けようとして、その機会を何度か見送っていた。  先週末からニューヨーク市場が荒れたのを皮切りに株価が乱高下し、米社債は軟調に推移、香港ドルが急落した結果、下降基調を続けている市場の煽りを受けて、マーケットが揺れに揺れた。のんびり休憩を取っているわけにもいかず、大神をはじめ証券ディーラーたちはフロアに缶詰状態だった。ようやくその嵐から抜け出し、大神はコンビニを覗いてみたが男の姿はなかった。  ――まさか、もう辞めたんじゃないだろうな。  ふと湧いた疑問を打ち消す。あの男は不器用だがすぐに行動を起こすタイプの人間ではない。勤務の時間帯が合わないだけだろうと思い、仕事を終えた大神は十四階にあるオフィスエントランスへ向かった。  IDをカードリーダーに翳し、フロアを出た所でその後ろ姿が見えた。  ――やっぱりな。  大神の予感は当たる。  大神は速足で男に近づくと後ろから声を掛けた。 「長月くん、だっけ?」  男は振り返ると一瞬、ぽかんとした顔をした。すぐに慌てたように背筋を伸ばして、ぺこりと頭を下げた。その仕草に大神は少しだけ満足した。 「あ、あの……この間は、ありがとうございました」 「この間? この間、俺なんかしたかな」 「あの、ええと、僕にクッキーをくれて、それで……元気を出せって、僕を励ましてくれました」 「なんだ、そんなこと」  軽く微笑んでみせる。するとほっとしたのか男も笑顔になった。
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