みちみち

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 「ほいこれ」 と渡された小袋は灰色のビニール袋で中身はわからない。突然に声をかけられ振り向きざまに目の前に出された袋を反射的に掴んでしまった。  それを渡してきたおっさんは頭はバーコード、メガネのレンズはひび割れ、ニカッと笑った前歯は綺麗に上の二本が無かった。一瞬袋に目が移り、いらないですと突き返そうとした時にはおっさんはいなくなっていた。  袋は口が結ばれているわけではなく自分の掴んでいる手を離せば中身が見えてしまう。知らないおっさんから渡された中身不詳の袋である。どんな恐ろしいものが入っているのか想像もつかない。そのまま道端に捨てるのも気がひけるのでゴミ箱が設置されている公園に行きそこで捨てることにした。  袋の重量感はほとんどないものの、なぜだかパンパンに袋は膨らんでいた。何か怪しいガスでも入っているんだろうか。もしそれが毒ガスでそのままゴミ箱に捨てた後に知らない人がたまたま近くを通りそれを吸って死んでしまったらどうしよう。そのときは僕が人を殺したことになるんだろうか。もしくは可燃性のガスで開けた瞬間に爆発して僕の体がポップコーンのように弾けるんだろうか。ドラクエのばくだんいわがメガンテを使うイメージが頭の中に浮かんだ。  なぜこんなものを掴んでしまったのか。僕はただ学校帰りに歩いていただけなのに。昨日買ったゲームを早くやりたくて急いで帰っていただけなのに。いつもだったら友達と一緒にグダグダ適当にペチャクチャ喋って帰っていたはずなのに、なぜ今日なのか。  前歯のないおっさんが笑った顔を思い出す。ニカッと笑っているが邪悪な面持ちのように思い出される。公園が吹き飛ぶ想像を超えて街全体が吹き飛ぶところまで想像してしまうほど不安はみちみちに膨らんでいた。  公園についてゴミ箱のあるところまで来た。ここはトイレに近いところにあり、比較的人は少ない。しかし誰もいないというわけでもないため、僕は人がいなくなるまで近くのベンチで待つことにした。  少し離れた広場では小学校低学年の子供たちがサッカーをして遊んでいる。普段の僕は家に帰ってゲームするか、友達の家でゲームをするのみだから外で遊んでいるちびっこを見るのは懐かしいような新鮮なような気持ちで眺めていた。風景だけを見れば穏やかな日常なはずなのに僕の心臓の鼓動は重い。頭を抱えたかったが袋のせいで両手が空かない。心なしかさきほどよりも袋が膨らんでいるような気もする。仕方がないので膝に肘を乗せて顎を支えて子供達のサッカーを眺めながらオフサイドのルールは適用しているのかいないのか考えていた。  日は陰り、子供達がバイバイと別れの挨拶をはじめていた。ゴミ箱の周りにはもう人はいない。袋の方はというと握っている手に明らかな抵抗を感じるくらいに膨らんでいた。少し尖ったものに触れた途端、音を立てて破裂するだろう。  不安でぐるぐる頭を消耗したせいで全てが最早どうでもよくなっていた。街が爆発してもそれは仕方のないことだし、他の人に影響が及んでも仕方がない。僕にはもうどうもできない。  半ば自暴自棄になりながらも完全に人がいなくなったことを確認してゴミ箱に近づく。ゴミ箱の中には空き缶や何の変哲も無いゴミばかりが入っていた。意味のない深呼吸をし、覚悟ができたと自分に暗示をかけてゴミ箱に袋を投げ捨てた。    「ドンッ」  と大きな音がなった。驚きのあまり大声で叫んでしまう。そしてさらに頭を抱えてうずくまる。  「バンッ」  とまた破裂音。目を閉じているため何が起きているかわからない。恐ろしくて動くこともできなかった。  それからその音は何回か繰り返し鳴り続けている。  「すげー!」  巨大な破裂音の合間に子供たちが感嘆の声をあげるのが聞こえた。すごい?何が?こんな大きな音に驚かない子供達は無邪気で羨ましい。と考えることができている自分を認識して少し冷静になっている自分に気づいた。繰り返し音が鳴ってはいるが体がバラバラになった感覚はない。そのことが自分に勇気を与えてくれた。恐る恐る僕は目を開けた。  目を開けると空に花が咲いている、と錯覚してしまった。そうじゃない、花火だ。花火が上がっている。しかし形が不格好でもあるなんだかひしゃげた形の花火ばかりだった。その理由はすぐに理解できた。花火が目の前のゴミ箱から打ち上げられていたからだ。僕は花火の真下から見上げているためまともに見ることはできなかったのだった。  ゴミ箱は異様に輝いており、中身がどうなっているのかはわからなかった。  「ドンッ、ヒュー、バンッ」  音が繰り返され、終わる気配はない。僕はゴミ箱から離れ、さっきまで座っていたベンチで花火を見上げていた。さっきまでの不安から解放されたことと、目の前の異様な光景に完全に思考が停止してしまった。ただただ呆然とそこで花火を見ていた。  「すごいやろ?」  隣で急に声がして驚きつつもそちらを向くとあのおっさんが座っていた。こちらを向かずに花火を見上げながら喋っている。おっさんを目にすると思考は再びフル回転し、さっきまでの不安と嫌な気持ちを記憶から引っ張り出して来た。不安と嫌悪感は胃の底まで達してグツグツと沸騰させた。  「すごいじゃねえよ!あんたのせいで嫌な気持ちになったわ!しかもあの袋なんだよ、いきなり花火が上がって!あんた何がしたいんだよ!」  思わず怒鳴ってしまった。更にいままで自分がどんな気分だったか、あんたのせいでひどい目にあったと怒鳴り散らしたが、花火の音圧に負けてしまう。  一通り聴いたおっさんはこっちを向き、  「まあ、ええやん」  とニカッと笑った。  「それよりアレ、ワイの力作やねん、しっかり見てや。ホレ、次が見所や」  僕は懲りずにまた反射的に花火の方を向いたが、なんてことはない先ほどと同じ花火だった。おい、と立ち上がり声を荒げたが再びおっさんはいなくなっていた。  もうどうでもよくなった僕はベンチにどかっと座り込み後頭部に手を組んで花火を見ることしかできなかった。遠くに見える子供たちは帰ることをやめたのか花火の明かりを頼りに再びサッカーを始めていた。花火の破裂音のせいで声が通りにくいのだろう。必死に叫んで先ほどのプレーに抗議している。  「おい!今のオフサイドだろー!」  
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