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――お母さん、死んでからは後悔できなよ。
そう思ったが胸にしまっておいた。もしものときって、生きているってこと?テレビもインターネットでも地球滅亡って言っているのに、生きているってあり得るんだろうか。
首をかしげながら、こんなこと大したことないって伝わるようにわざと明るい声で話した。
「そっか、ほんとだよね。会社は休みだろうし、家にも帰れないし。のんびりと最後の日を楽しむよ。お母さんたちも楽しんで。また繋がったらお昼前に電話するね。とりあえず、まだ生きてるから大丈夫。心配しないで」
「うん。わかった。お母さんもお昼近くなったら電話するから」
涙ぐんでいる母の声がした。
「おい、ちょっと代われ」
父が電話口に出てきた。
「いいか、死ぬ直前まで自分が幸せになれるように考えろ」
「うん。……そうする」
わたしの目から涙がこぼれた。
本当に死んでしまうのか。お父さんも、お母さんも、みんな……。
「ああ、その、おまえ、いま、お前は恋人はいるのか?」
父がそんなこと28年間私に聞いたことはなかったので、びっくりした。
「恋人はいるのか?」
父が2回聞いた。どうしても知りたいらしい。電話口に緊張が走る。ここは正直に答えるべきだろう。28歳、結婚問題が起きている私としては、このデリケートな問題をスルーしたかったが、地球滅亡の前では取り繕っては仕方がない。
「うん。いるよ」
「……うん、じゃあ、そいつと過ごせ。恋人といっしょなら、悪くないだろう、それで終わっても」
父は胸中複雑なんだろう。考えながら話しているようだ。でも、付き合ったばかりで、まだ彼とは結婚の話まで進んでないんだ。ごめんなさい。
父と母を安心させてあげられないことに胸が痛んだ。
「もう恋人と連絡がついたのか?」
「ううん。まだなの。電波がつながりにくくなっているみたい」
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