53人が本棚に入れています
本棚に追加
孝太郎に今すぐ会いたくなった。孝太郎はまだ自宅だろうか。孝太郎は隣の駅近くのアパートで独り暮らしをしていた。歳は30歳で、同じビルに入っている会社の社員だ。
孝太郎にメールを書いていると、スマホの電話が鳴った。
「もしもし?」
孝太郎だった。
「璃子? 大丈夫? なんともない?」
「うん、今朝起きてびっくりした」
「オレもだよ」
孝太郎はため息交じりに笑った。
「そっちって、どう?」
「どう? って、救急車とか消防車のサイレンは鳴っていたけど、平和だよ。パトカーもさっき通ったけど、この辺じゃないみたい」
「よかった。暴徒化してるところもあるみたいだからさ。一人で外にでるなよ、危ないから」
「え? そうなの?」
「人生やり残したことをするんだって」
「ふーん。なるほど」
残りの人生もそれもありなのか。考えてもみなかった。でも、人様にご迷惑かけるのはどうなんだろう。
お母さんの言葉を思い出す。万が一ってこともある。
「もしかすると、これから停電とかもするかもな。電話も通じなくなるかも。実家には電話したのか?」
「そうかもね。うん、電話したよ、大丈夫」
それなら、今のうちスマホを充電しておかないと……。
部屋の中を見渡し、ほかにするべきことがないか考えた。
「璃子。俺、いまね、璃子んちの前。会いたくって来た」
わたしはあわてて玄関を開ける。
孝太郎が立っていた。
うれしくなって孝太郎をギュッと抱きしめる。孝太郎は冬の空気の匂いがした。頬を擦り付けると孝太郎の頬は冷たくかった。ひげがチクチクっとして痛かった。
最初のコメントを投稿しよう!