二章 幻の大地溝帯の町(フォッサマグナ)

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二章 幻の大地溝帯の町(フォッサマグナ)

二章 幻の大地溝帯の町(フォッサマグナ) 011 古今東西…シーフといえば… 王都を出たワタルとリーシャは、膝ほどの高さの青々とした雑草が生い茂る、どこまでも続いているかのような広い草原を歩いていた。 「そのウィッグはもう外したらどうだい?そっちの方が可愛いと思うよ?」 「えっ…そうかな…。」 リーシャは恥ずかしそうに、茶髪のウィッグをとった。 「うん。その方が絶対いいよ。猫耳の価値は古株のオタク達の界隈では根強い人気だからね。」 「ちょっと、ワタルが何いってるかわからないんだけど…。」 リーシャは混乱した。 「ちなみに、初めてあった時はなんでシーフになりたいなんて言っていたの?」 「それは…誰にも縛られない、自由な存在といえばシーフだからよ。」 「自由な存在=シーフってのは、まぁわからなくもないけど、もっと連想できるものがあるよね。」 モンスターが出ない道中、ワタルとリーシャは『シーフといえば』で古今東西ゲームをしていた。ちなみに古今東西ゲームとは、お題にあった内容を、手拍子が二拍叩かれる間に考えて順番に言うゲームである。同じ言葉を言ったらアウト、リズムよく言えなくてもアウトだ。 「古今東西、シーフといえばゲーム!!」 「イェーイ!!!」 手拍子のリズムに乗って、ワタルが先行をとった。 パン、パン 「がんばれゴ〇モン!」 パン、パン 「えっ?」 ワタルの一発目からの発言に、リーシャは困惑を隠しきれない。 「えっ?」 なぜゲームが止まったのかわからず、ワタルも困惑する。 「なに今の?」 「なにって何が?」 「いや、がんばれゴ〇モンって…。」 「ゴ〇モンって義賊だから、盗賊と一緒だよ。だからセーフ。」 「そっ…そうなんだ。」 「テンポ悪くなるから、あってるか分からないのはスルーして、あとで突っ込みいれようか。」 「う…うん。わかった。」 気を取り直して、第二回戦が始まった。 「っじゃあ、次は私からね!古今東西、シーフといえばゲーム!!」 「イェーイ!!!」 手拍子のリズムに乗って、リーシャが先行をとった。 パン、パン 「ものを盗む!」 パン、パン 「たまに予想だにしないとんでもないアイテム敵から盗んでくる!」 パン、パン 「運がいい!」 パン、パン 「仲間にいたら便利だけど、戦力としては乏しい!」 パン、パン 「かっこいい!」 パン、パン 「シーフからの上級職がアサシンとかよく考えたら完全な凶悪犯罪者!」 パン、パン 「上級職が忍者だったりもする!」 パン、パン 「やつはとんでもないものを盗んでいきました。」 パン、パン 「あなたの心です。」 パン、パン 「盗賊のうわまえをはねるたぁなんてやつらだ…おまえたちゃ人間じゃねぇ!」 パン、パン 「……盗賊ダー〇」 パン、パン 「人殺しー!」 「ちょっと…、ストップしてもらっていいかな?」 「えっ、どうして?」 怪訝な顔のリーシャに対して、またもや勇者ワタルは困惑した。 「全然リズムにあってないし、後半なんか会話みたいになってたし…。」 「ファイヤーエ〇ブレムはちょっとマニアックだったかな…。」 呆れたようにリーシャがため息をつくと、木陰からモンスターが跳び出してきた。 012 ラブコメの空気が読めないクソ主人公 「うわっ!トカゲ!?」 リーシャが驚きの声をあげる。勇者ワタルは銅の剣をみがまえた。 「サラマンダーだね。火を吐くから気を付けて!」 ワタルの声に、リーシャも身構える。 「初バトル!ここは私に任せて!」 リーシャが一歩前に出た。リーシャは特殊スキル『盗む』を行った。 「もらったぁ!」 リーシャはサラマンダーの尻尾を盗んだ。 「うわぁ…なんでそんなの盗むかな…。なんか血でてるし…。」 勇者ワタルは少し引いた。 「いや、何を盗めるかはランダムで、私の意志じゃないんだけど…。」 「薬草かなんか盗んできてくれないかな。」 「わかったわよ!再チャレンジよ!」 リーシャは再度特殊スキル『盗む』を行った。 「よしっ!これだぁ!」 リーシャはサラマンダーの火炎袋を盗んだ。仮にも内臓器官の一つであり、それは地上波では放送できないレベルのグロテスクさであった。 「…………普通にグロい。どうやって盗んだの?口に手突っ込んだの?そして引き抜いてきたの?」 勇者ワタルは蔑んだ目でリーシャを見た。 「そんな目で見ないでよ!何が盗めるかは運しだいだって言ってるでしょ!」 リーシャは半泣きで弁明した。 「まぁ、モンスター初討伐おめでとう!」 尻尾と火炎袋を盗まれたサラマンダーはたおれていた! 「えっ、本当だ!倒してる…。やったー!!」 リーシャは経験値を得た。手癖の悪さが1あがった!san値は1下がった。 「この調子で次の町までがんばろうね!」 勇者ワタルとリーシャはその後も、次々と現れるモンスターを倒して進んで行った。 「ねぇ…、ワタル?」 「うん?どうしたの?」 「ちょっと…エンカウント確率がぶっ壊れてるんじゃないの?さっきからモンスター出過ぎなんだけど。」 「そうかな?僕が一人の時はこの3倍は出てきたけど…。」 「えぇ…!?それって、その場所のせい?それともワタルのせい?」 「ごめん、昔から不幸体質で…。でも、リーシャが入ってくれて、パーティ全体の運はだいぶ上がったんだと思うよ。僕一人のときよりかはね。」 勇者ワタルは、『運』のステータスが人並み外れて極端に低かった。 「でも、こうやってリーシャという仲間が増えて、一緒に旅ができるのは幸運だったな!」 「えっ…///」 リーシャは心拍数が高まった。乙女らしくドキドキしている。しかし、勇者ワタルは墓穴をほった。 「おかげでアイテムも盗んでくれるし、やっぱシーフはいると便利だなぁ。」 「……はぁ。」 リーシャは深くため息をついた。 「うん?どうしたの?」 「別にっ!…ふんっ!!」 勇者ワタルはリーシャの機嫌を損ねた。ラブコメの空気が読めない糞主人公のような言動に、リーシャと読者からの好感度が3下がった。 「えっ!?ごめん、怒らせるつもりじゃなかったんだけど…。もちろん、シーフだからってじゃなくて、リーシャと一緒に旅できてうれしいんだよ。リーシャは明るいし、面白いし、よく変な物盗んでくるけど、話していたら楽しいし、可愛らしいし…それから…。」 勇者ワタルは必死に挽回しようとした。 「もういいっ!」 リーシャは大声でワタルの言葉を遮った。怒ったからではなく、それ以上言われると、恥ずかしくて死にそうだからであった。ちょっとしたラブコメ展開も挟みながら、勇者ワタルとリーシャは次の町に到着した。 013 幻の糸魚川静岡構造線 到着した町の看板には、『DQ6番地 幻の大地溝帯の町』と記されている。 「幻の大地溝帯の町…?なんか某ゲームにそんなタイトルなかった…?」 リーシャは木で作られた看板を見上げて尋ねた。 「シックスのタイトルだね。ちなみにキャッチコピーは『DQを超えられるものはDQだけだ』みたいな感じだったかな。」 「ドキュン?」 「それはDQNだよ。非常識で頭が空っぽな人たちのことで、八代目Jソウルシスターズを教主と崇める若者たちのことだ。」 「ワタルはその人達になんか恨みでもあるの…?」 「忘れもしないあれは中学生の頃……僕のちょっと色々事情があって、人に見せられないノートをクラスの女子たちに……がぁっ!封印されし闇の記憶がっ!!」 「大丈夫…?」 リーシャは心配そうにワタルを眺めた。 「あぁ…ごめん、大丈夫だよ。それにしても、ドキュンももう死語になったね。」 「時代は移り変わるのが早いね…。」 「諸行無常の響きあり…。」 少し懐かしい言葉にしみじみとしながら、勇者ワタルとリーシャは町の中へ足を踏み入れた。町の真ん中は大きな通りになっており、三十メートルほどもある道幅のメインストリートがまっすぐに通っていた。 まずは町長のところへと挨拶に向かう。木造の一軒家の前に、名前が書かれた表札ではなく、ご丁寧にわかりやすい『町長の家』と書かれた看板があった。 「こんにちわー。」 「おや、勇者さまですか。よくお越しになられました。」 白い髭を蓄えたおじいさんが、優しい微笑みで出迎えた。 「町長さんですか?」 「いかにも、私がこの町の町長…糸魚川でございます。」 「いといがわ…?難しい名前ですね。」 ワタルは首をかしげた。 「えぇ、この町の真ん中には、だだっぴろい通りがあるのにお気づきでしょうか。」 「えぇ、無駄に広いまっすぐな道がありましたね。」 「あそこには、満月の夜にだけ…幻の大地溝帯が出現するのですよ!!」 「幻の大地溝帯…?」 リーシャは聞き慣れない単語に首を傾げた。 「幻のフォッサマグナです!」 「いや、言い直しても、高校で地理を選択した人しかわからないですから…。」 リーシャはさらに首をかしげた。それを見た町長はさらに言い直す。 「幻の糸魚川静岡構造線!!!」 リーシャは頭がもげるのではないかというくらいに、さらに首をかしげた。 「リーシャ、ようするに大きな溝が現れるらしいよ。もういいですから…さっさと説明を続けてください。」 ワタルが促すと、町長は再び説明を始めた。 「最近、満月の夜に現れるその溝に魔物が現れてしまって…。御願いなのですが、よろしければ勇者様。その魔物を倒していただけはくれませんか。無論、満月の夜までのご宿泊とお食事程度はご用意しますので…。」 モンスターを倒すと、たまーに少額のお金をドロップすることがあった。しかし、野生のモンスターが大金を持ち歩いているはずもなく、勇者ワタル一行は、相変わらずお金には窮していた。 「そうですか。わかりました!その依頼をお受けしましょう!」 町長の困りきったというような表情を見て、ワタルはその依頼を快諾した。 「あんな簡単に依頼を受けてもいいの?どんな魔物がいるのかもわからないのに?依頼を断っても、宿に泊まるくらいのお金はあるでしょ?」 町長の家を出た後、リーシャは少し不安そうにワタルへと尋ねた。 「うーん。でも、困っている人たちを助けるってのが勇者の仕事だと思わない?まぁお金がないってのもあるんだけどね…。」 「あぁ…そうか。ワタルは勇者だったんだ。」 「今まで僕のことなんだと思ってたの…?そりゃ出会った時はただのホームレスまがいだったけど…。」 「いや…、そうじゃなくて…。まだ自分が、勇者のパーティに入って旅してるって実感があまりなくてさ…。そうだ。勇者の仲間になって、広い世界を旅してるんだ…。」 リーシャはそう自分に言い聞かせるように言葉にし、彼女の表情はだんだん嬉しそうな笑顔に変わっていった。 「……よかったね。」 ワタルはリーシャの頭に、ぽんっと優しく手をおいた。天使の輪のように光る艶のあるリーシャの髪と、小さめの可愛らしい猫耳に手が触れる。 「うん…、よかった!」 リーシャは少し頬を赤らめて、ワタルに笑顔を返した。 014 ジブリとジュラ〇ックパークの地上波放送がある幸せ ワタルとリーシャは、情報収集のために、大きな溝ができるという町のメインストリートを歩いてみることにした。 「ほんとにこんなところに、急に溝ができたりするのかな。」 ワタルは土が押し固められてできている道を、足のかかとで小突いた。 「そうだよね…。そんなこと有り得るのかなぁ。」 リーシャも足元の地面を眺める。すると突然、笑い声が聞こえた。 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ありえない…なんてことはありえないのですよ!」 どや顔で、眼鏡をかけたおじいさんが話しかけてきた。白い白衣を身にまとっている。 「ありえない、なんてことはありえない…。探偵ガ〇レオの湯〇教授の言葉だっけ?」 「いや、ハガ〇ンのグ〇ードの言葉じゃなかったっけ?あんまりまねするのよくないよ。」 ワタルとリーシャは非難する目で、突如現れた白衣のおじいさんを眺めた。 「違う!今の台詞は私のオリジナルだ!私こそがプロトタイプだ!オンリーワンだ!」 「なんなんですか、あなたは?」 ワタルの問いに、おじいさんは咳払いをして答えた。 「わしの名は、ナウマン博士じゃ。この大地溝帯の命名した地質学の研究者じゃよ。」 「それで…何のようなんですか?」 「なんかさっきから冷たくない?せっかくわしが、この幻の大地溝帯について教えてやろうと思ったのに…!」 ナウマン博士は少し半泣きになった。 「いや、別に地質についてとかはどうでもいいんで。その魔物についての情報があるなら別ですけれど…。」 ワタルの言葉に、ナウマン博士は機嫌を損ねた。 「地質がどうでもいいじゃと!?お前たちは、NえっちKのぶらタ〇リの番組を見ておらぬのか!そんなこと、我が師の森田一義博士の前で言って見ろ!二度といい〇ものテレフォンにも、タ〇リ倶楽部にも呼ばれないぞ!」 「このおっさん、大丈夫か?言ってる事めちゃめちゃじゃないか。」 「もう行こうか。」 ワタルとリーシャはナウマン博士に背を向けて、通りを歩き出した。 「ちょっと待てぃ!冗談だから!ちゃんと魔物のことも教えるからぁ!!」 無理やりに引き留めるナウマン博士を見かねて、ワタルとリーシャは足を止めてあげることにした。 「この幻の大地溝帯にあの魔物が現れたのは、前前回の満月の夜の日じゃ。満月の夜とともに、このメインストリートには大きな溝が生じる。そもそも、この大きな溝をフォッサマグナと私が名前をつけた由来に関しては……」 「それはいいから、魔物の話だけしてくださいっ!」 「ぐっ…、あの魔物は簡単にいうと、巨大なTレックスの化石じゃ。」 「Tレックスの化石!?」 ワタルとリーシャは、あまりに予想外な言葉に耳を疑った。 「そうじゃ。あの満月の晩、わしは地質の調査で、幻の大地溝帯の地質を調べておった。すると、大きな骨のようなものが見えたので、わしはそれを掘り起こしたのじゃ……。」 ナウマン博士は咳ばらいをして話を続けた。 「それは…Tレックスの化石の魔物じゃった。手の付けられないほどに暴れまわり、仮設トイレに逃げ込んだわしの助手の一人が喰われてしまってな……。彼の持っていたケータイがやつの腹の中にあるから、あやつが近づけばそのケータイの着信音で分かるじゃろう……。話は以上じゃ…。」 「……………おい。それって、ほぼお前の責任じゃねぇか!!!」 「っていうか……、どこのジュラ〇ックパークだぁぁぁ!!!」 ワタルとリーシャはナウマン博士に拳骨を入れて、今度こそ立ち去ろうとした。 「ちょっと待ってくれ…。わしはとてもあの魔物とは戦えんが、君らと共に戦ってくれる人物に心当たりがある。」 「はい…?誰ですか?」 少し煩わしく思ったが、仲間は多い方がいい。ワタルは一応尋ねてみた。 「最近入ったわしの助手じゃわい。全く仕事はできないんじゃが、本人曰く腕っ節はたつみたいじゃ。」 「そうなんですね。ぜひ、お会いしてみたいです。」 「そうか。っじゃあ、わしの研究室に来たまえ。」 ワタルとリーシャは、ナウマン博士の研究所へと向かった。 015 勇者→派遣社員(今ここ)→ニート ナウマン博士の研究所は、思いのほか大きな建物だった。 「おい、新人!ちゃんと三葉虫の化石磨いとけって言っただろう!」 「はい!すいませーん。」 「新人くーん。これコピーしといてくれる?」 「はい!すぐやりまーす!」 ナウマン博士の部下である研究者たちは、日々地層の研究に明け暮れていた。 「あっ、鈴木さん。よかったらこの書類もコピーしておきましょうか。」 小柄な研究者達に混じって、一人だけがたいのいい男がいた。その男は、若い小柄なスーツ姿の男に尋ねた。 「あぁ。ありがとうございます。あの、ヤマトさん…僕なんかよりも年上なんですから、全然敬語じゃなくていいですよ。それに、そんな気を遣わなくても大丈夫です。」 「いやいや、俺はただの派遣社員なんですから、どんどんこき使ってやってくださいよ。」 快活に笑う男の頬には、十字の傷が深く刻まれていた。 ヤマトと呼ばれる十字傷の男の姿を見て、その弟である勇者ワタルは彼を思い切り平手打ちした。 「なにしてんだっ!?くそ兄貴ッー!!!」 「ぐはぁっ!?なにしやがるっ!?………って、おまえ、もしかしてワタルか?」 ワタルにしばかれたヤマトは、目を丸くしていた。 「大きくなったなぁ、ワタル!」 ワタルの頭をがしがしと撫でようとするヤマトの手を、ワタルは手で払いのけた。 「いきなり勇者になるって家を出ていった兄貴が、こんなところで何やってんだよ!?」 「あぁ…。今は派遣社員として、ここの研究所で働いている!」 「はぁ…!?」 「魔王を倒そうと思ったんだけどな。やっぱ途中で面倒くさくなってさ…。とりあえず、生きるために派遣の会社に登録したんだよ。」 軽いノリで言うヤマトに、ワタルは失望に似た気持ちを覚えた。 「僕が……どれだけ心配したと思ってるんだよ……。」 ワタルのその言葉を受けて、ヤマトは申し訳なさそうに言った。 「そっか…。ごめんな。悪かったよ…。ワタル、お前も勇者になったんだな。勇者の道は険しいぞ。それこそ、多くの者が道半ばで倒れ、派遣社員になったり、闇に蠢く者ニートになったりする始末だ。」 「兄貴でも…、勇者の道を進むのは大変なのか…。」 「いや、俺は単純に面倒になっただけだ。『勇者になる!』ってあんだけ大見栄きって出てきたのに、今さら実家にも帰れねぇしさ。あの馬鹿親父とおかんにも会いたくねぇしなぁ。」 「勇者になるって出て行って、ずっと音信不通で心配かけといてそんな理由かよ……。もう知るかっ!」 ワタルはヤマトに怒鳴りつけ、そのまま背を向けて出口へと向かった。慌ててリーシャもその後についていく。 「待てよっ、ワタル!」 ヤマトの呼び止める声もむなしく、出口の扉は勢いよく閉められた。 研究所を出てからも、ワタルは大股の早歩きで歩いていた。少し駆け足で、リーシャもその後をついていく。しばらく歩くと、ワタルは徐々にそのスピードを落とし、ついにはその歩みを止めた。 「あれって、ワタルのお兄ちゃんだったの?」 リーシャは少し遠慮がちにワタルへと尋ねた。 「うん…。でも、あんなやつもう知らないよ。」 幼少期のワタルは、どこか自身の兄に憧れに似た感情を抱いていた。勇者になると言って出ていった兄が、まさかリクルートスーツを身にまとい、派遣社員となってこき使われているとは思わなかった。年下の正社員にこき使われる兄の姿は、ワタルにとって少しショッキングな光景だった。 「ワタル、いろいろ思うところはあるだろうけど、明日は満月の夜だ。しっかり、準備して頑張ろうね。」 優しくなだめるリーシャの言葉に、ワタルは「ありがとう…。」と返した。 016 背後で鳴る着信音は死亡フラグ 翌日、だんだんと太陽が落ちていき、代わりに満月が浮かびあがってきた頃、道幅の広いメインストリートは大きな溝へと変わっていた。大規模なアハ体験のように、目の前に巨大な溝が現れたのを間近に見て、ワタルとリーシャは幻術にでもかけられたかのように感じた。 「この溝をずっと進んだ先に、例の魔物がいます。くれぐれもお気をつけて…。」 町長の糸魚川は、ワタルとリーシャに祈りを捧げて見送った。 「静かだね…。」 「うん…。あっ、あれは…!?」 リーシャの指をさす先には、地面に犬の骨格の化石が落ちていた。それが命を得たようにむくむくと起き上がってくる。それに続いて、猫や牛、豚などの色々な動物の骨が、むくむくと起き上がって襲い掛かってきた。 「ボスの前の前哨戦ってところかな…?行くぞっ!」 ワタルは銅の剣で次々と骨の敵を打ち払う。ワタルの会心の一撃を食らった骨たちは、バラバラになって地面に散らばった。負けじとリーシャも、道具屋の主人にもらったダガーを振り回し、骨を蹴散らしていった。 「うわっ!?あの骨は何の動物?」 リーシャの指さす先には、恐ろしい牙を何本も携えた骨の動物が現れた。 「あの骨格は…カバだね。」 ワタルは冷静に骨格を分析した。 「っじゃあ、あっちのバカでかい骨は?」 「あれは…ゾウだ。」 「あの首の長いのは?」 「キリンだね。」 「わぁー、ワタルってすごい物知りだね!」 「そうかな?ははは…ありがとう……。」 それらの巨大な骨たちは、地響きをあげながら一歩ずつ、確実にワタルとリーシャの方へ近づいてきた。二人は現実逃避に、動物の骨格当てをやっていたのだった。 「…………ちょっとやばくないかな?」 「なかなか骨が折れそうだね……。骨だけに……。」 「こんなときに…やめてよね…。」 「ごめん……。行くぞぉぉぉお!!!!」 それでも、二人はなんとかその巨大な骨たち相手に奮闘した。ワタルは会心の一撃をゾウのキバに放って叩き折り、リーシャはキリンの脚の骨にダガーで回転切りを入れて打ち砕いた。 「きゃっ!?」 リーシャの小さな叫び声が聞こえた。ゾウの骨を始末したワタルが驚いて振り向くと、リーシャはカバの骨に突進され、かなり勢いよくふっとばされていた。 「大丈夫?リーシャ?」 ワタルは急いでリーシャに駆け寄り、彼女を抱きかかえて心配そうに尋ねた。 「うん……。なんとかっ…大丈夫。」 カバの骨格は、もう一度二人にめがけて突進を繰り出した。ワタルはリーシャを抱きかかえたまま、カバの突進をジャンプして避け、岩場の陰にリーシャを休ませた。 「あとは僕がなんとかするから、リーシャは少し休んでて!」 「ワタル…。」 心配そうなリーシャに微笑みかけ、ワタルは再びカバの骨格と対峙した。 「来いっ!」 勇者ワタルは、カバの突進をぎりぎりで避け、会心の一撃を放った。しかし、流石は動物界最強と名高いカバの骨格である。その一撃では倒れずに、首をふってワタルを薙ぎ払った。 「何のこれしき!」 勇者ワタルは再度カバに切りかかり、今度こそカバの骨を打ち砕いた。骨がバラバラになって地面に舞う。 「ふぅ…。まだ肝心なボスにすら出会っていないのに…。」 汗をぬぐったワタルは、月明りに照らされる自分の影が、やたらと巨大になっていることに気が付いた。先ほどまで目の前の敵に集中し気づかなかったが、どっかの映画で聞いたことのある「びーぴろりー♪」という間抜けな着信音が背後から聞こえている。 「あっ…。」 恐怖に満ちた表情で後ろを振り返ると、ワタルの背後には巨大なTレックスの顔があり、巨大な鼻から吹く鼻息が髪の毛を揺らした。 「ギャ―――ッ!!!!」 勇者ワタルの断末魔が聞こえ、リーシャは岩場から顔を出した。 「ワタルッ!!」 勇者ワタルはTレックスの巨大な口に加えられ、おもちゃのように振り回されていた。 「うわぁぁぁぁぁ――――っ!」 ぐるんぐるん振り回され、ワタルは宙に放り投げられた。リーシャはボロボロになって落ちてくるワタルを、なんとか受け止めようとしたが、体重差が大きくとても受け止めきれなかった。二人そろって地面に倒れているところに、ズシンと音をたてながらTレックスの化石は近づいてくる。 もう駄目かと思った時、二人の前を何者かの影が横切った。 「大丈夫か、ワタル?」 それは幼いころから憧れていた、聞き慣れた兄の声だった。 016 小学校の帰り道に、傘で全力の必殺技出してた遠い過去 地面に倒れるワタルとリーシャの前に現れたのは、ワタルの兄である派遣社員ヤマトだった。派遣社員ヤマトは、地面に突き刺さっている銅の剣を携えた。 「かわいい弟に手を出しやがって、ただじゃ済まさねぇぞ!」 Tレックスの骨格は、満月にまで届くような咆哮を放った。そしてドシン、ドシンと地面を揺らせながら、勇者ヤマトへと襲い掛かる。対する勇者ヤマトも、銅の剣を逆手にもって構えた。 「あっ、あの構えは…!?兄貴がいつも下校の時に、傘を振り回して練習していた技!」 猛スピードで突進するTレックスに、ヤマトも正面から向かっていく。 「くらえっ…、ア〇ン流…ア〇ンストラッッッッシュッッッ!!!!!」 眩い光がヤマトを包み、銅の剣は紫電一閃、Tレックスの身体を一刀両断した。 「す…すごい…。」 勇者ヤマトの必殺技が放たれる瞬間を、ワタルは目を見開いて見ていた。 「ふぅ…。またつまらぬものを斬ってしまった…。大丈夫か?」 勇者ヤマトから伸ばされた手を、ワタルは素直に握った。 「すごい…!やっぱり、兄さんもちゃんと勇者だったんだ!」 「あぁ、このところ…魔王の影響か、この周辺の町も異変が多くてな。派遣社員として各地を回って、その原因を調べているんだ。」 勇者ヤマトは、ワタルに銅の剣を手渡した。 「お前ももっと精進しろよ。っじゃないと、俺が先に魔王を倒しちまうぜ!」 勇者ヤマトは、マントをさっと翻した。すると、彼が来ていたリクルートスーツは、一瞬にして光り輝く鋼の鎧を身にまとった姿に変わった。 「…っえ?」 目の前で早変わりしたヤマトの姿に、ワタルとリーシャは目を丸くした。 「っじゃあな!アディオス!!」 勇者ヤマトは、鋼の剣を携えて去っていった。 017 雨の日は、ア〇ンストラッシュとが〇つ 「すごかったねー。ワタルのお兄さん!」 リーシャがそういうと、ワタルもニコニコと笑顔で「そうだね。」と笑った。 「僕も、早く兄さんに追いつかないとな。」 「あれ、そういえばいつの間にか兄貴から、兄さんに呼び方が変わってる!」 「まぁ…、ちょっと尊敬の気持ちを込めてね。」 少し気恥ずかしそうに、勇者ワタルは笑った。 町長に事の次第を伝えると、「ごくろうさまでした!ゆっくり休んでからご出発なさってください。」とねぎらってくれた。 幻の大地溝帯の町を旅立つ前日、銅の剣を逆手にもつ勇者ワタルの姿があった。 「何してんの?」 リーシャに後ろから突然声をかけられ、ワタルは「あわわっ…。」と恥ずかしそうに銅の剣を隠した。 「あっ…いや、ちょっとね…。必殺技の練習だよ。」 「ふーん。どんな技練習してるの?」 「兄さんのやった技も真似してるけれど、なかなかうまくいかなくてさ。」 いくら「ア〇ンストラッシュ!!」と叫び、逆手で剣を振るっても、先日に見た勇者ヤマトのように、眩い光とすごい威力の必殺技が出ることはなかった。 「違う技も挑戦してみたら?」 「えっ…例えば?」 「無双残〇花とか、覇王翔〇拳とかどう?」 「なんで格ゲーの技ばっかりなの…。」 「まぁまぁ、そのうち覚えるんじゃない?」 「いや、勇者たるもの、努力して必殺技を習得するって大事なことだよ!リーシャも一緒にやろうよ。」 「えっ…、もう、わかったわよ。」 勇者ワタルと、リーシャの「ア〇ンストラッシュッッ!!!!」と叫ぶ声が、美しい青空にいつまでも響いていた。
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