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三章 天下一暗黒天空武道会
三章 天下一暗黒天空武道会
018 元気があれば何でもできる
勇者ワタルとリーシャは、次の町へと出向いていた。
「格闘家の町…『天下一暗黒天空闘技場』…?」
町の中へ足を踏み入れると、どこもかしこも様々な流派の道場があり、この町の中心には巨大な闘技場があった。
「ねぇ、自動販売機の飲み物が全部プロテインだよ!」
「ほんとだ。あちこちにサンドバックが街路樹に吊るされてるね。」
「あの列は何かな?」
「もしかしたら、おいしいラーメン屋とかかもしれないよ。並んでみるかい?」
列に並んで数分、列の先頭にまでたどり着いた二人の前には、身体の大きくあごも長い男が立っていた。
「元気ですかぁーっ!!行くぞぉ―、1、2、3、ダァッーー!!!」
ワタルとリーシャは、いきなり頬に思い切り平手打ちを食らった。
「なんなの今の!?なんで私はったおされたの…!?意味わかんない」
リーシャは半泣きで、赤くはれた頬をなでながら訴えた。
「あぁ…アントニオさんのビンタ列だったんだね…。」
同じく赤くはれた頬をおさえ、ワタルは周囲を見渡した。
「それにしても、この町には強そうな人がいっぱいいるね。この町で、新しい仲間が見つかるといいな。」
「新しい仲間………?私は…このまま二人きりでもいいけどな……。」
リーシャは小声で、そう呟いた。
「えっ、なんか言った?」
ワタルに顔を覗きこまれ、リーシャは赤面した。
「えっ!?なんでもないよっ…!!ワタルはどんな人を仲間にしたいの?」
「うーん、そうだな…。やっぱり二重のキ〇ミを打てるくらい人かなぁ。」
「どこの明治剣客浪漫譚だよ…。」
ワタルとリーシャが格闘家の町を物珍しそうに見て歩いていると、いきなり二人の背後から声をかけられた。
019 私…気になります!!
「おい、そこの銅の剣を携えたあんた。」
低い男らしい声に振り向くと、そこにはがたいのいい筋肉質な身体の中年の男が立っていた。腕に茶色の籠手を身に着け、白のパンツに黒の革製のチョッキを羽織っている。真っ黒な太い眉毛と伸ばした髭が、いかにも強そうな格闘家という雰囲気を醸し出していた。
「何の用ですか?」
勇者ワタルは怪訝な顔で答えた。
「あんたからは、なかなか腕の立つ者の気が感じられる。俺の名は格闘家のゴッサムだ。あんたも天下一暗黒天空武道会に出場するのか?」
「天下一暗黒天空武道会?」
ワタルが首をかしげると、格闘家ゴッサムはどこか懐かしい響きのあるその武道大会について説明した。
「天下一暗黒天空武道会とは、この世界の強者たちが集い、年に一度その強さを証明するための大会だ。お前も出場しないか?」
「いや、僕は旅の途中で立ち寄っただけです。特に参加する予定はないのですけど。」
「そうか…それは残念だ。一度手合わせ願いたかったのだがな。ちなみに優勝すれば、名誉と地位、そして莫大な賞金ももらえる。」
ゴッサムの言葉を聞いて、勇者ワタルの武道会への参加意欲が大きく高まった。
「莫大な賞金ですか?それはちょっと…私…気になります!!」
勇者ワタルは目をキラキラと金貨色に輝かせた。
「今一瞬、ちたん〇えるの姿が見えた気がしたが…。気のせいか。まぁいい。参加する意欲があるなら、お前も大会登録を済ませて置け。」
格闘家ゴッサムはそう告げると、どこかへと去っていった。ワタルとリーシャは、大会本部のある、闘技場へと向かった。
020 ワンパンできるための特訓
「ワタルも武道の大会に出るの?」
「うん、賞金がもらえるなら参加してもいいかな。リーシャはどうする?」
「私はいいかな…。だって、あんなに強そうな人達と戦って勝てる気しないし…。」
闘技場周辺には、多くの参加者らしき人たちがいた。その中には、ブルー〇・リーやキ〇肉マン、範馬勇〇郎などの名立たる武闘家たちの顔もあった。
「うっ…確かに…。いや、でもモンスターを倒すみたいに、相手の攻撃を避けて、銅の剣で会心の一撃をいれたら僕だって…。」
勇者ワタルは、受付で大会登録を申し込んだ
「大会では、刃物類の使用は禁止です。よろしければ、その銅の剣も預かりますが…。」
「えっ…。」
動揺するワタルに、「そりゃ武道の大会だからね…。」とリーシャは呆れた顔で呟いた。
大会への出場登録を済ませた勇者ワタルは、しばらく途方に暮れていた。
「どうしよう、リーシャ…。銅の剣がなかったら無理だ。素手で地面なぐって地震をとめる人とか、筋肉バ〇ターとかしてくる人には勝てない…。」
「ワタルも、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10km、これを毎日やったら、頭が禿げあがる代わりにワンパンで敵を倒せるくらいに強くなるんじゃない?」
リーシャは、某少年漫画を読みながら言った。
「この年で禿げあがるのはいやだなぁ……。あっ、あの人は!?」
目を丸くする勇者ワタルの視線の先には、二人の大柄な男の姿があった。一人は、イタリアの種馬と呼ばれたシルヴェ〇ター・スタローンにそっくりの男であり、もう一人はそのライバルで、全米ボクシングチャンプのアフロ頭の黒人の姿があった。
「うん…?誰あの人達?」
「リーシャ、君はロッ〇ーを見ていないのかい!?あの超名作映画だよ!特訓といえばこれしかないよ!」
勇者ワタルは、ロッキーとアポロと名乗る二人に弟子入りをすることにした。
謎の闘志がわきあがるようなBGMのもと、勇者ワタルは二人のもとでみっちり修行に励んだ。業務用冷凍庫に吊るされた牛の肉塊を殴り、生卵が大量に入ったジョッキを飲み干し、朝の港町をランニングすると、町の住民たちがワタルの後ろをついてきた。
「よくこの辛い特訓を乗り越えたなワタル!」
「あぁ、お前は今、虎の眼をしている。もう教えることは無い!」
師匠二人からも免許皆伝を受け、天下一暗黒天空武道会が開催された。
021 寡黙な美少女は絶対正義
「がんばってね!ワタル!」
リーシャの声援を受け、勇者ワタルは大会の予選へと出場した。
大会の予選は、とてもシンプルなルールだった。大きな正方形のコンクリートのリング上で参加者たちは殴り合い、最後まで立ち上がっていた者が予選突破である。
予選ブロックは、全部で8ブロックあった。AからHまでの予選グループの中で、各一名だけが本選に出場できる。
勇者ワタルはAグループに出場し、計15名の中で一斉に争いあう。刃物を使わない、リングアウトしたら失格という以外特にルールはない。
近くにいる者にそれぞれ狙いを定め、ゴングが鳴ると同時にまさに戦国時代の合戦のような入り乱れた乱戦が始まった。
「おらぁっ!」
ゴングと同時に、空手家の恰好をした男がワタルに殴り掛かってきた。勇者ワタルは、それを蝶のような華麗なステップで避け、ハチのような鋭いアッパーの一撃を繰り出した。
「ぐはぁっ!?」
あごにワタルの一撃がもろにはいった空手家の男は、空高く宙に舞いリングアウトした。
「おい、あいつなかなかやるぞ…。」
ワタルの華麗な一撃を見た他の予選参加者は、勇者ワタルに狙いをつけた。
「先にあいつを潰しちまえ!」
「そうだ、やっちまえ!」
「はいー!?そんな卑怯なことしていいんですかっ!!?」
ワタルの声に対し、会場アナウンスが流れた。
「予選のルールは武器の使用禁止。リングアウトは失格というそれだけです。集団で一人を狙うのは反則ではありません。」
「そんなーっ!」
勇者ワタルは、予選参加者全員から狙われることになった。
ムエタイの使い手の男が、ワタルに鋭い蹴りを繰り出してきた。それを頭をかがめるように避けると、ムエタイの男の蹴りはワタルの背後にいた他の予選参加者の顔にクリーンヒットした。
すると今度はチャイナ服を身にまとった男が、ワタルの顔目がけて手刀の突きを繰り出した。
「アチョッー!!!」
ワタルが半身になって攻撃を避けると、チャイナ服の男の突きは、ムエタイの男の顔面を捉えた。ワタルは格闘家たちの激しい攻撃を華麗に避け、避けた攻撃が他の参加者に当たり、またその隙をついてワタルも華麗な右ストレート、左フックを繰り出した。
「ふぅ…。なんとか生き残った。」
勇者ワタルがリングを見渡すと、自分以外にも、もう一人リングに残っていることに気が付いた。
紺色のスカートを身にまとう黒髪の少女であり、どことなく儚げな雰囲気を出している。ブーツとスカートの裾の間に見える脚は、白く華奢な細い足であり、とても武道の大会にでる参加者には見えなかった。
「えーっと…君も、大会の参加者だよね。」
勇者ワタルは、少し戸惑いながら尋ねてみた。少女は言葉での返事は返さず、黙ってこくりと縦に頭を振った。
「っじゃあ、勝負…しますか?」
少女は再び小さく頭を縦に振って、肯定の意を示した。しかし、彼女からは完全に覇気や闘志といったものは感じられなかった。完全に脱力し、身構えてすらいない。
「可愛らしい女の子相手で少し気が引けるんだけど、これが大会である以上…僕達には戦わなければいけない理由がある!」
勇者ワタルは儚げな少女と対面し、ファイティングポーズをとった。
「いくよっ!」
勇者ワタルは、女の子の顔面を殴るのは気が引けたので、5割程度の力で右のボディーブローを放った。DV(家庭内暴力)旦那の発想である。
「人聞きの悪いことを言うなっ……あれ?」
勇者ワタルは自身の身体が宙に舞っている状態に、思わず間抜けな声を出した。
堅いコンクリートのリングに、ワタルは叩きつけられた。
「何が起こったんだ…?」
勇者ワタルは今度は7割の力で殴り掛かった。しかし、再び空に放り投げられた。
「ちょっとっ!可愛い女の子相手だからって手を抜いてないで戦いなさいよ!」
リーシャからの激しい檄が飛ぶ。
「ちゃんとやってるよ!」
二回目の攻撃で、ワタルは冷静に相手の行動を分析をしていた。彼女はどうやら合気道の使い手らしい。相手の気を読み、川の流れのように相手の力を受け流す。相手の勢いを利用し、相手の力で相手を無力化する。
「君は合気道の使い手なんだね…。」
少女はまたこくんと頷くだけであった。
「すごいな…。僕は今までただ攻撃を避けるだけだったけど、相手の攻撃を無効化しながら技を返す…。こんなこともできるんだ…。」
勇者ワタルは少女の華麗な技に、素直に感動していた。
「でも、僕も負けるわけにはいかない!打撃が通じないなら…これならどうだ!」
勇者ワタルは、再び少女に勢いよく駆け寄った。ワタルのすごい気迫に、相手の少女も思わず身構えた。
勇者ワタルは全速力で少女に突進したと思いきや、直前で急ブレーキをかけて少女の前に制止した。
少女は目の前で突然停止したワタルに、驚きを隠しきれずに「……えっ?」と声をあげた。
ワタルは少女の前でぴたりと停止し、彼女の細い腰に両手を回した。そしてそのままぎゅっと抱きしめる様に抱っこし、彼女の身体を持ち上げた。
「えっ…?えっ…?」
少女はワタルに抱きかかえられたまま、わたわたと戸惑う声をあげてじたばたした。
ワタルはそのままリングの外に、優しく少女を下ろしてあげた。
「合気道使いの可憐な美少女、抱きかかえられたままリング外に降ろされてリングアウト!!これにより、Aブロック本選出場は勇者ワタル!!!!」
解説のアナウンスの声が会場に響くとともに、会場から歓声があがった。
「僕の名前はワタルっていいます。君の名前は?」
ワタルの問いに、少女は少しの間を経て、「………シズク。」と小さな声で答えた。
「そっか、シズクの技はすごいな!またいつか、僕にもやり方を教えてくれないかい?」
「…………うん。」
「やった!ありがとう!!」
口数の少ないシズクに、ワタルは手を差し伸べて握手を求めた。
「…………うん。」
シズクはそっとワタルの手を取って、少し伏し目がちにほほ笑んだ。
022 半径6300㌔(地球の半径)がこの手の届く距離
「ふぅ…勝負に負けて、試合に勝ったって感じだけど…なんとか勝てた。応援ありがとうね、リーシャ。」
笑顔で勝利を祝福してくれるかと思いきや、リーシャは少し機嫌が悪そうな表情だった。
「………おめでとう。」
そういうと、リーシャはすぐにそっぽを向いてしまった。
「あっ、ありがとう…。」
リーシャがなぜ機嫌悪そうにしているのかがわからず、勇者ワタルは戸惑った。
「続いて…予選Bブロックが始まります!参加者はリングの上に集まってください!!」
会場アナウンスが闘技場内に響き、屈強な身体の男たちがリングに姿を現した。
「ワタル、予選で疲れたでしょ?ちょっと休んで来たら?」
リーシャから気遣う声をかけられ、ワタルはほっと安堵の息を吐いた。どうやら彼女の機嫌が悪いと思ったのは気のせいだったようだ。
「うん。ありがとう、リーシャ。でも、このブロックの優勝者が僕の本選の相手だからね。このブロックの予選だけは見ていくよ。」
ワタルはリーシャの隣に腰を下ろした。Bブロックの開始が近づくにつれ、会場のボルテージがは上がっていった。
「ねぇ、ワタル!あれっ見てっ!」
リーシャが指さす先には、この町に来た時に出会った格闘家であるゴッサムの姿があった。リングの上にたつ屈強な男たちの中でも、一際目を引く体格である。
「あのゴッサムって人は、この大会のBブロックで出てたんだね。」
嵐のような静けさが会場を包み、予選Bブロック開始のゴングが鳴った。
あからさまにガタイの大きなゴッサムに、他の参加者は最初から集団で狙う戦法を立てていた。
「あのでかいやつが残ったらやっかいだ。あのおっさんを最初にやっちまえ!!」
三人組のモヒカンの男が、一斉にゴッサムに襲い掛かった。
「くだらんっ。」
ゴッサムは、両腕を広げて竹トンボのように回転した。
「くらえ、ダブルラリアット!!!」
ゴッサムが技名を叫ぶと、ボー〇ロイドの音楽が流れ始めた。
「半径6300キロメートル(地球の半径)がこの手の届く距離!!今から振り回すので離れていてください!!!!」
ゴッサムは腕をぶんぶん振り回し、回転のスピードを増していった。まるで竜巻が踊っているように、ゴッサムのダブルラリアットは他のリング状の選手を吹き飛ばしていった。
「すごい!一瞬で他の敵を蹴散らし、予選Bブロック突破は格闘家ゴッサム選手に決定しました。」
会場の歓声とともに、ゴッサムはリングを降りていった。
023 勇者ワタルVS格闘家ゴッサム
「なんだあのおっさん…めちゃくちゃ強いじゃないか!」
リーシャは驚きの声をあげた。
「うん。すごいね!僕も負けてらんないな。」
「本選の対戦相手はあのゴッサムっていう相手だね。大丈夫?」
リーシャは心配そうにワタルの顔を覗きこんだ。
「あぁ、ありがとう。本選に備えて少し休むよ。また本選の前になったら戻って来るね。」
「うん。私は他のブロックも観戦してる。」
勇者ワタルは本選が始まるまで、控室のベッドで横になって休むことにした。
「あのゴッサムっていう人の攻撃……。どうしたものだろうか…。」
勇者ワタルはゴッサムのダブルラリアットに対抗できる技を考えていた。しかし、その答えが出ないまま、本選が開始されるアナウンスが流れた。
「本選に出場する選手の方々は、控室までお越しください。」
「がんばってね、ワタル!他の本選出場者も強そうだけど…まずはあのゴッサムっておじさんを倒さないとね!」
「うん、応援よろしくね!」
リーシャに見送られ、ワタルは選手控室へと入っていった。
「本選第一回戦、勇者ワタルVS格闘家ゴッサム!!!」
会場から大きな歓声が起こり、ワタルとゴッサムはそれぞれリングにあがった。
「あんたと手合わせができるとはね。楽しみで仕方なかったよ。」
ゴッサムは太い腕を組みながら、威風堂々とした雰囲気を纏って現れた。
「こっちは予選であんなすごい技見せられて困惑してますよ…。でも、僕はあなたを超えてみせる!」
ワタルがファイティングポーズをとると、ゴッサムもまた拳を握りしめた。
「ほう、良い目をしている。虎の目だ…。」
「それでは、本選を始めます!」
本選開始のゴングが鳴った。ゴッサムは両腕を開き、ダブルラリアットの構えをとった。
「いきなり来るかっ…!」
ワタルは思わず後ろに跳びのき、ゴッサムから距離を取った。
「はっはっは…。ずいぶんと臆病じゃないか。そんな離れていたら試合にならないぞ。」
余裕の笑みを浮かべるゴッサムに、ワタルは唇を噛みしめた。
「くそっ…僕にも波〇拳とか出せたら…。でも、さすがにそんな技は僕には出せない。」
「あんまり下がるとリングアウトしちまうぜ!」
じりじりと距離を詰められ、ゴッサムはダブルラリアットを繰り出した。
「ぐはっ!」
ゴッサムの振り回される拳がヒットし、ワタルの身体は宙に舞った。
「おいおい…そんなもんか。とんだ期待はずれだったな。」
「ぐっ……、まだだ!」
勇者ワタルの目はまだまだ死んでいない。ワタルのセコンドからは、「足を使え!!」という指示が飛んでいる。
ワタルは師匠直伝の軽いフットワークを使った。
「ふんっ…その蝶のようなフットワーク。やっとやる気になったみたいだな。」
ゴッサムのダブルラリアットを、ワタルは身軽なフットワークで避けた。そして回転が弱まった瞬間を見逃さず、ゴッサムにワンツーパンチを叩き込んだ。
「はっはっは…。そうこなくてはな!」
口が切れてツッと流れた血を、ゴッサムは腕で拭いながら笑った。ゴッサムは再びダブルラリアットのモーションをとった。
「その技はもう見切った!」
ワタルは先ほどと同じように、華麗なフットワークでゴッサムの攻撃を避け、回転が弱まった瞬間に距離を詰めた。
「かかったなっ!」
「なにっ!?」
ゴッサムはワタルが近づいてきた瞬間に回転を止め、ワタルの襟首をつかんで引き寄せた。そしてワタルの頭を下に抑え込み、首を太ももで挟んだ。
「あの技は!もしや…!?」
解説の驚く声が会場に響く。
「ダブルラリアットに並ぶゴッサムの必殺技……パイルドライバーの構えだー!!」
ゴッサムはワタルの胴体に腕を回し持ち上げた。同時にワタルは、自分の視界が上下真っ逆さまひっくり返る。
「くらえっ!スクリューパイルドライバー!!!」
ゴッサムはワタルの身体を上下逆さまにして固定し、そのままの姿勢で高く跳びあがった。空中の最高到達地点でくるくると回転し、リングにワタルを叩きつけた。
「決まったー!回転の勢いもこめたスクリューパイルドライバー!!!これはさすがに勇者ワタルもダウンかーっ!?」
ゴッサムは勝利を確信し、リングを去ろうとした。しかし、さきほどの技の影響で砂埃がまっているリングには、ふらついた足どりで立ち上がるワタルの姿があった。
「おっとー!!!ゴッサムの必殺技をくらったにも関わらず、勇者ワタル…立ち上がったー!!」
頭から流血しながら、ワタルはなんとか立っていた。
「まだ……負けてない!僕はあなたを超えてみせる!!!」
ワタルを中心にブワッと強い風が巻き起こり、ゴッサムは思わず顔を伏せた。
024 スーパーハイテンションモード
「なっ、何が起こった!?」
ゴッサムが目を開くと、先ほどとは明らかに雰囲気の変わった姿のワタルが目に映った。
勇者ワタルは、髪の毛がスーパーサ〇ヤ人のように逆立ち、身体から紫色のオーラを放っている。
「おっとー!勇者ワタルッ!何かに覚醒したようだ!!!まるで海外版ドラ〇エ8のスーパーハイテンションモードのようだー!!!」
突如豹変したワタルの様子に、会場にもどよめきが起こった。
「ほう…。見た目が変わって、強さはどう変わるかな?」
ゴッサムは相手の力を測るように、ワタルに左のジャブを放った。
左のジャブがワタルに届くまでに、ゴッサムは一度だけ瞬きをした。その間は零コンマ数秒に満たないのだが、ゴッサムはたったその一瞬の間にワタルの姿を見失った。視界の端にワタルの姿を見つけた時、ワタルの右アッパーがゴッサムのあごを捉えようとしていた。
「速いっ!?」
ワタルは回転しながら飛び跳ねるように右アッパーを放った。見事にあごにヒットし、ゴッサムの身体は宙に舞った。
「おっとー!!!勇者ワタル、目にもとまらぬ速さでゴッサムのパンチを避け、昇〇拳を繰り出した!」
ゴッサムはあごを抑えながら立ち上がった。どうやら先ほどの一撃を受け、あごが外れたらしい。ゴッサムは自身のあごを掴み、無理やりねじ込むようにして関節を入れ直した。
「やるじゃねぇか!」
「僕はまだ……もっと速くなるっ!」
ワタルは一気にゴッサムとの距離を詰め、音速の鋭い打撃を次々打ち込んだ。
「勇者ワタルの猛反撃が続いております…!速いっ!打撃の音が遅れて聞こえてきます!」
紫のオーラを身にまとったワタルは、しばらく一方的にゴッサムに攻め続けた。しかし、ゴッサムもそれを受け続け耐え忍んだ。
「はぁ…はぁ…。もういい加減…、倒れてくださいよ…。」
「ぜはぁ…ぜはぁ…。お前のその覚醒みたいなのも、もうスタミナ切れらしいな…。」
先ほどのワタルを包んでいた紫色のオーラはもう消えており、勇者ワタルと格闘家ゴッサムは、二人とも完全に満身創痍だった。
025 カッターナイフデスマッチ
「お互いもう限界に近い…。だが、勝負は白黒はっきりつけないとな。」
ゴッサムはポケットからカッターナイフを二本取り出した。
「決着は…カッターナイフデスマッチでつけようじゃないか。」
「カッターナイフデスマッチ…!?」
ワタルはどこかで聞いた事ありそうで、聞いた事のない言葉に首を傾げた。
「おっとー!!ゴッサム選手、地面にカッターナイフを二本突き刺しました!」
「右足をカッターナイフの前にして踏ん張りな。そこが命の境界線だ。そこより後ろに下がったほうが負けだ。シンプルでいいだろ?」
「幽遊〇書で見た事ある気がするけれど…いいでしょう。受けて立ちます!!」
ワタルとゴッサムはお互い右足をカッターナイフの前に踏ん張らせ、至近距離で向かい合った。
「急に始まったルールでの決闘ですが……、おっと大会本部からもOKのサインがでました!!」
満身創痍の勇者ワタルと格闘家ゴッサムは、既に激しい殴り合いを開始していた。ワタルの素早いワンツーを受けつつも、ゴッサムの重い右ストレートにワタルはのけ反る。しかし、なんとか踏ん張り、ワタルは左フックからの右アッパーを繰り出した。それでもゴッサムもまた下がることなく踏みとどまり、ワタルの腹にボディブローを打ち込んだ。
「お互い文字通り、一歩も譲らない殴り合い!!まるで、紅の〇タのラストシーンの殴り合いを見ているようです!!!」
二人の殴り合いは五分ほど続き、それでも決着はまだ付かなかった。
「はぁ…僕たちの戦いで…どれだけ尺使うつもりですか…?」
「あぁ…。だったら…早く倒れたまえ…!」
ワタルとゴッサムは、次が最後の一撃になるであろうことを直感した。お互い最後の力の全てをこめて、相手の顔面に右ストレートを繰り出す。
両者の拳は相手の顔面を捉え、鈍い音とともにその衝撃が頬の肉を振動させる。
「おっとー!!!両者渾身の右ストレートを放ち、お互いにダウンだーーー!!!さぁ…先に立ち上がるのはどちらだっー!!!」
先ほどから会場のボルテージはマックスになっており、二人の健闘を称える声が聞こえる。
「ワタル―ッ!がんばってー!!」
リーシャは目に涙を浮かべながら、熱い声援を送っていた。
そして、会場の二階席にも、ワタルに静かに声援を送る少女の姿があった。紺色のスカートを身にまとう黒髪の女性であり、どことなく儚げな雰囲気を出している。それは予選でワタルと戦った少女、シズクであった。
「……………がんばれ。」
勇者シズクは銀の剣を携えながら、勇者ワタルの全力の奮闘を見守っていた。
026 結局地震とめれる人が人類最強
会場全員が固唾を飲んで見守る中、先に立ち上がったのはワタルであった。
「おっとー!!先に立ち上がったのは勇者ワタルです!!!つまり…この勝負は勇者ワタルの勝利ッッ!!!!」
会場からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。勝利を手にしたワタルは、ぼんやりと会場を照らす眩い照明を見つめた後、うつ伏せで倒れているゴッサムに肩をかして起こした。
「へっ……。まいったよ…。俺の負けだ…。」
「いや…、正直…僕ももう戦えそうにない…。こんなの勝ったなんていえないですよ…。引き分けってことで…。」
肩を取り合いながら退場する勇者ワタルと格闘家ゴッサムに、会場からは温かい拍手が送られた。
本選一回戦は、試合の結果としては勇者ワタルの勝利という形になったが、ワタルはもう次の本選の試合に出られるような状態ではなかった。なにより、リーシャが次の試合に出場することへ猛反対し、ワタルは二回戦を棄権するという形になった。
「まったく…、無理ばっかりするんだから。」
「ははは…。心配かけてごめんね、リーシャ。でも、最後に僕が立てたのは、僕を応援してくれる人たちの声が聞こえたからだよ。応援ありがとうね!」
ワタルが微笑みかけると、リーシャは少し照れた様子で顔を背けてしまった。
それからしばらくの間、ワタルは大会での傷と疲れを癒すために宿で休み続けた。身体が回復した頃、大会は範馬勇〇郎の優勝で幕を閉じていた。
027 俺より強い奴に会いに行く
「あんまり大した額じゃないけど…賞金ももらえてよかった。」
「お金より、身体の方が大事だよ?もう大会の傷は大丈夫なの?」
リーシャは心配そうにワタルに尋ねた。
「うん。何日も寝たからもう大丈夫だよ。」
「それにしても、この町も大変だったねー。特にワタルがだけど…。」
「まぁ、おかげで剣がなくても戦えるくらいには強くもなれたし、あとは仲間になってくれる人がいればよかったんだけどね…。」
そんな話をしながら格闘家の町を後にしようとする二人を、木陰から呼び止める声がした。
「よぉ。こないだの大会では世話になったな。」
街路樹にもたれかかる様に、ゴッサムが立っていた。
「あなたは…!」
驚きの表情を見せるワタル達の前に、ゴッサムは両膝を曲げ、中腰の姿勢で頭をさげた。
「頼みごとがある…。俺を…あんたらの旅に同行させてくれないかっ!?」
「えぇっ!?ゴッサムさんが仲間にですか?」
「あぁ…。あんたと戦って、俺はあんたの強さに惚れちまった。そして世界にはもっと強い奴がいっぱいいることもわかった。一緒に旅をして、俺より強い奴に会いに行く。」
ゴッサムの話を、リーシャは「何言ってんだこいつ…?」みたいな表情で見ていた。
「こらこら…、リーシャ。そんな中年のいい歳したおっさんが、俺より強い奴に会いに行くとか何言ってんだ…。みたいな顔をしちゃ駄目だろっ。」
「いや、確かにそう思ったけど…。私は口に出して言ってないだろ!?っていうか、ワタルだって同じこと思ったんじゃないの!?」
ワタルはリーシャの反論を受け流した。
「そうですね…。っじゃあ、ゴッサムさん。二重のキ〇ミとか打てます?」
「はぁ?二重のキ〇ミ?」
「試しにあの岩に向かって、技名を叫びながら殴ってみてください。」
昭和生まれのゴッサムは、いまいちその技について知らなかったものの、言われた通りに岩に向かって拳を叩き込んだ。
「フタエノキ〇ミ、アッー!!!!」
ゴッサムの一撃は、堅牢な大岩を見事に打ち砕いた。
「おぉ!すごいっ!!」
「ゴッサムさん…ぜひ、一緒に旅しましょう!」
格闘家ゴッサムが仲間になった。
新たな心強い仲間とともに、勇者ワタルは新たな町に向かって旅を進めるのであった。
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