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一章 借金勇者の旅立ち
借金勇者は、銅の剣と毒消し草を携えた
一章 借金勇者の旅立ち
001 王様ってろくな装備くれないよね
「勇者ワタルよ。お前はこれより、悪の魔王を倒す旅に出かけるのじゃ。」
王様は勇者という名で僕を呼称し、ただ喝を入れるだけで、武具も薬草の一つも渡してくれなかった。無論、金貨の一枚もくれなかった。王様で金持ちのくせにとんだけちん坊である。いや、金を使わないからこそ金持ちなのか。
「王様ならお金持ってんでしょ。なんかいい装備くださいよ。」
「はっはっは。どうせ勇者なんて、ほとんどの者が道半ばで諦めて、派遣社員になって自分より年下の正社員に「あっ、敬語じゃなくていいですよ。」と気を遣われるか、闇の道に落ちて、いい歳して日々親の脛をかじり尽くす怪物、二―トとなる運命だ。そんなものに国の税金をかけられるかっ!!」
意外とリアリスティックな王様に一括され、相変らず僕の所持品は、銅の剣と毒消し草のみであった。
002 親父のパチンコの景品の銅の剣
僕の村は、魔王の手により燃やし尽くされてしまった。故郷の村は全て黒い炭や塵になってしまい、残ったのは、夜逃げした父がパチンコの景品でもらってきた銅の剣と、母がわけわからん占い師に買わされた高価な壺、その壺の中に入っていて、たまたま燃え残った毒消し草だけだった。
村人たちはみんな、燃え残った家財や武器を携えて、各々どこかへと逃げていったようだ。
故郷の村が焼け野原になった光景は、まだ二十歳の僕にとってはショッキングで、立ち直るまでは少々の時間が必要だった。
「こんなに辛いのは、父さんと母さんが借金をこさえて、一人息子の僕に借金を押し付けて夜逃げしたあの日以来だ。」
しかし、いつまでもしょぼくれているわけにもいかない。
「王都にまで行けば、魔王を倒すための情報を得て、冒険の準備もできるだろう。魔王を倒せば、親に押付けられた莫大な借金も返せる!頑張れワタル!」
僕は孤独な心を鼓舞するために、今後の目標を言葉にした。
王都までは、モンスターの出る草原を抜け、山賊の出る洞窟を抜け、ようやく王都へとたどり着く。
村に残った銅の剣と毒消し草。たったその二つだけを携えて、僕は命からがら一人で王都へと向かった。回復する手段もなく、身を守る鎧もなく、それでも決死の覚悟でモンスターの出る草原を進んだ。
回復薬もなく、何の防具もなしに、モンスターの一撃を食らうということは、つまり死ぬとほぼ同義であった。デフォルトで不幸というスキルがついていたのか、僕はことあるごとにモンスターと出くわした。
序盤の敵であるスライムといっても、いたって凶暴なモンスターである。皮膚に触れたら焼けただれて、どろどろに溶ける酸性の粘液を吐いた。
「おいおい、あんなの素肌でくらったら、歴史上で一番グロテスクな勇者が誕生してしまう…。」
しかし、僕の装備は、ノースリーブの麻の服と、短パンである。一撃も食らうわけにはいかない。
スライムの後ろからそっと近づく時に、乾いた小枝を踏んでしまった。小気味よく折れた小枝の音に気づいたスライムは、酸性の粘液を吐いて僕を追いかけてきた。結果、スライムの粘液が切れるまで逃げ回り、僕の素早さは上昇した。
「モンスターの攻撃を受けると死ぬ。だから死ぬ気で避ける。死ぬ気で倒す。」
毎日モンスター達に追いかけられ、何度も死にかけた僕は、呪文のようにそう唱えながら、遭遇した敵の攻撃を死ぬ気で避け、反撃を食らわぬように渾身の力で切り付けた。
003 Fラン量産型大学生の前髪で作ったウィッグ
全力で避け、全力で銅の剣を振るう。そんな毎日を過ごすうちに、僕のステータスは『素早さ』と、『会心の一撃』に能力が全振りされていた。
草原で数多くのモンスターを倒した僕にとって、洞窟の山賊は相手にならなかった。
「くそっ!俺たちの負けだ。ほら…皮の鎧をやるよ。」
山賊は皮の鎧をドロップした。
「えっ、これって…あなた達が着ていたものですか。」
「あぁ。ほら、今から下も脱ぐから、ちょっと待ってな。」
そういうと、山賊はまだほんのりと温もりのある、皮の鎧を手渡してきた。
「脱いでいただいて大変申し訳ないんですが…、いらないです。」
勇者ワタルは、皮の鎧をぺいっと放り棄てた。
「はぁ?なんでだよ!」
「なんでじゃないでしょ!汚いおっさんが今さっきまで着てたのなんかいらないですよ!」
「あー、そうかい!っじゃあ、とっておきのやるよ!」
山賊の汚いおっさんは、そういうとNBというロゴのついたスニーカーを脱いで手渡してきた。
「今若い奴らは、あほみたいにみんなこのブランドのスニーカー履いてるんだろ?」
「あほみたいにとか言うな!そりゃ…、大学構内みんな、茶髪のマッシュヘアで、エコバックみたいなカバン下げて、全員ス〇バのコーヒー飲んでるけど!……ってか、なんで山賊がニュー〇ランスのスニーカー持ってんだよ!」
「これはFラン量産型大学生から身ぐるみを剥いだものだ。」
「…いやいやいや。そもそもおっさんが履いてたスニーカーもいらないよ!」
「っじゃあ、これはどうだ?」
「今度は何ですか?」
山賊は茶色の塊を手渡した。
「これは、Fラン量産型大学生の前髪でつくったウィッグだ。」
「気持ち悪いわっ!どんだけFラン大学生襲ってんですか!?」
「どいつもこいつも、ずっと前髪ばっか気にしていじってるから…腹立って切り落とした。」
「大学生にとって、前髪って命よりも大切だから、もうやめてあげてくださいね。」
僕が立ち去ろうとすると、山賊は無理やり金髪ウィッグを被せてきた。
「このウィッグをつけたら、ステータスの防御力が1上がり、知性と個性が10下がる。ちなみに、茶髪マッシュのFラン大学生スキンも手に入る。」
「いらんわっ!」
僕はそのウィッグを投げ捨て、洞窟をあとにしようとした。
「そんな…!そこまでいうなら、これでどうだ!?」
「はぁ…もう一体なんですか?」
振り向くと、半裸の山賊のおっさんが仲間になりたそうにこちらを見ていた。
「ドロップ報酬は…俺自身だ…。あんまり…痛くしないでね…。」
「なに気持ち悪いこと言ってんだっ💢!!?」
ワタルは山賊を蹴り飛ばし、立ち去ろうとした。
「ごめんって、せめてこのウィッグだけでも…!」
「いらんっ!」
「いやいや、持って行ってくれって…!」
あまりにしつこい山賊に、仕方なく勇者ワタルは『Fラン量産型大学生のウィッグ』を携えた。
洞窟を抜けた後も、勇者ワタルはエンカウントする敵を、素早さで翻弄し、隙をついて会心の一撃を叩き込む。その繰り返しで、ついに王都までの道を切り開いた。
004 10キロ卵が5つも割れる距離
ここで話は冒頭の王都に戻る。借金勇者ワタルはついに王都の城門へとたどり着いた。
王都の門を守る憲兵は、王都の治安を守るために、入る者の所持品をチェックしていた。そして「どこから来たのか?」「なぜ王都に来たのか?」と簡単な質問をする。ようするに、海外の空港の入国管理官と同じである。
「どこから来たんだ?」
不愛想な表情の憲兵は、繰り返された作業の質問をしてきた。
「始まりの村です。」
「なに?10キロ卵が5つも割れるほど遠い村ではないか。何しに来た?」
「魔王を倒すために、その情報収集と冒険の準備に。」
憲兵は僕の所持品を見て驚愕した。
「なに?そんな装備だけで、ここまで無傷でやってきたのか!?」
僕の所持品は、泥に汚れ、モンスターの攻撃を避け続けて(最初はかなり敵の攻撃がかすめて服が破れた)、ボロボロになった服と、銅の剣と、毒消し草だけであった。
「見た目はなんというか…ホームレスだな。」
「まぁ、否定はできませんね…。」
家を焼かれて帰る家もない。勇者ワタルが一文無しで、親の残した借金まみれのホームレスなのは間違いなかった。
「そうか…故郷の町を焼かれてしまったのか。それは辛かったな。ただぁし!王都に入るには、お主が勇者である証拠を見せる必要がある!あやしい浮浪者を王都にいれることはできぬ。」
「えぇ、同情するなら金をくれとまではいいませんが、ここは僕の境遇に同情して、中へ入れてくれるんじゃないんですか?」
「ばかもーん!同情はするが、金はやらんし、ただで王都にもいれてやらん!」
「ひどい…。っじゃあどうしたら入れてくれるっていうんですか?」
「そうだな…。最近、この近くの洞窟で、山賊がFラン量産型大学生を襲うという事件が頻出している。そこの山賊を倒した証、『Fラン量産型大学生のウィッグ』を持って来たら、王都への入場を許可しよう。」
「あぁ…もしかして、これのことですか?」
勇者ワタルは『Fラン量産型大学生のウィッグ』を取り出した。
「おぉ!この個性ゼロの茶髪マッシュ…まさに『Fラン量産型大学生のウィッグ』だ!!」
「山賊のおっさんからもらっといてよかった…。」
「すごいな。勇者は王様と謁見することができる。ついてきたまえ!」
勇者ワタルは、巨大な城壁が囲う町『王都』へと足を踏み入れた。
005 スライム捕まえてスライム風呂作ってみた→炎上
この国の王様は、とてもケチな王様だった。王様らしい宝飾のついた王冠を被り、飽食の結果に栄養に満ちた腹が突き出ており、偉そうなあごひげを携えていた。
「勇者ワタルよ。お前はこれより、悪の魔王を倒す旅に出かけるのじゃ。」
王様は勇者という名で僕を呼称し、ただ喝を入れるだけで、武具も薬草の一つも渡してくれなかった。無論、金貨の一枚もくれなかった。王様のくせにとんだけちん坊である。
「王様なら金持ってんでしょ。なんかいい装備くださいよ。」
「はっはっは。どうせ勇者なんて、ほとんどの者が道半ばで諦めて、派遣社員になって自分より年下の正社員に「あっ、敬語じゃなくていいですよ。」と気を遣われるか、闇の道に落ちて、いい歳して日々親の脛をかじり尽くす怪物、二―トとなる運命だ。そんなものに国の税金をかけられるかっ!!」
「僕は魔王を必ず倒します!僕には倒さなければいけない理由がある!」
「ほお。そういえば、お前の村は魔王の手によって、焼け野原にされたらしいな。その敵討ちが理由か?」
「いいえ。」
「家族が魔王に殺されたとかか?」
「いいえ、むしろ時折そうなればいいなと思うほどに、どうしようもない親です。」
「最近の勇者は歪んでんなぁ…。こういうやつがSNSに、アイドル勇者グループのメンバーの悪口書いて炎上とか、仲間になりたそうにしているスライム捕まえてスライム風呂作ってみたとか、しょうもないものアップロードして炎上するんだよ…。」
「しませんよっ、そんなこと…。」
「っじゃあ、何が理由だというのだ!?」
王様は勇者ワタルに顔を近づけた。それに怯まず、ワタルは声高々に胸を張って言った。
「僕は…、魔王を倒すんです!そして、その地位と名誉をもって金を儲け、借金を返すのです!」
「そんな……胸を張って言うことではないだろう。金の為とか…そんな奴にやるものは無い!」
そのように王様に一括され、相変らず僕の所持品は、銅の剣と毒消し草のみであった。
006 そんな装備で大丈夫か? 大丈夫だ。問題ない。
「参ったなー。金もないし、装備も心もとない。」
陽が落ちてきた石畳の城下町を僕は一人歩いた。通りを行く人々は、あたたかな夕日の光を受け、どことなく幸せそうな表情で通りを歩いている。道具屋の前を通りかかった時、店先の店主から声をかけられた。
「そんな装備で大丈夫か?」
おそらく、銅の剣を見て僕を勇者だと判断したのだろう。しかし、道具を買う金どころか、今晩の宿すらもとれない状態である。
「大丈夫だ。問題ない。」
「いや、問題しかないように見えるけれど…。」
店先の店主は、僕のぼろぼろな服と毒消し草しか入っていないポーチを見てそう言った。
「すみません。薬草一つ買うお金もないんです…。」
道具屋を立ち去り、十メートルほど歩いた時に、「おおい!泥棒っ!」と先ほどの道具屋の店主の怒号が聞こえてきた。
「えっ、僕は何も盗んでいないですよっ!?」
慌てて振り向き、僕は自分の無罪を叫んだ。しかし、どうやら泥棒とは僕のことを言っているのではなかったようだ。
“ドンッ”と肩をぶつかられ、茶色のフードを被った人がダッシュで通り過ぎていった。
「おい、さっきのあんちゃん。あんた勇者だろ?あのフードのやつを捕まえてくれよ。」
「えっ、はっ…はい。わかりました!」
僕はすぐに駆け出し、茶色のフードのあとを追った。フードの人は路地の方に入っていき、入り組んだところを猫のような身のこなしでどんどん進んで行った。かなり土地勘があるようだ。この辺の住人なのだろうか。
勢いついてフードの人を追い越しそうになった時、見知った通りに出た。
「へぇ…。こんなところに繋がっていたんですね。」
「えっ!?」
フードの人はいつの間にか、隣りで並走する僕の姿に驚いていた。数日間、モンスターに追いかけまわされ、スピードのステータスが極端に高い僕は、余裕でそのフードの人に追いつくことができた。
「なっ…。」
急いで急旋回し、フードの人は反対方向に走り去ろうとした。
「ちょっと待ってください。」
僕はそのフードの人の腕を握って捕まえた。その腕は、想像していたよりもずっと細くて、僕の指が腕の周りを一周して繋がってしまうほど華奢な腕だった。
「もうっ!あんた一体なんなのよ!」
フードの下から響いた苛立った声は、可愛らしい女性の声だった。
「女の子だったんですか!?」
フードを脱ぐと、くしゃっとくせ毛のついた栗色の髪の頭が現れた。水晶が散りばめられたような瞳の女の子だった。
「女の子が盗みを働いたら駄目だっていうの!?」
「いや、女だろうが男だろうが駄目ですから。」
「うっ…。」
ぐうの音もでない正論に、少女は悔しそうにこちらを見た。
「なんで泥棒なんかしたんですか?しかも、ダガーなんか危ない物を盗んで…。」
「私はシーフになりたいの!」
「はぁ?シーフって、盗賊のシーフ?」
「そう、そのシーフ。シーフと言えば、ダガーでしょ。」
「はぁ……。とりあえず、店の物を盗んだ時点でもう立派なシーフですよ。さぁ、夢も叶ったことだし、店に謝りにいきますよ!」
僕は彼女の手をとって、店先まで連れて行こうとした。「やだー。怒られるの嫌だー!」と泣きわめいていたが、無視して道具屋の店主の前に連れて行った。道具屋の店主は怒りの形相を見せると思いきや、彼女の顔を見て予想しなかった声をあげた。
「あれ?あんた、領主様の娘のリーシャちゃんじゃないか?」
「はい?領主…?」
リーシャと呼ばれた女の子は、うな垂れたまま口を閉じていた。
「この辺に住んでるグリフォード家っていう領主だよ。領主様は、貴族なのに平民にもいつも親切で、困ったことがあれば助けてくれる優しいお方だ。そんな領主様の娘が、なんでこんなことを…。」
リーシャは相変わらずうな垂れている。すると、後ろから少し年配の低い男の声が聞こえた。
「探しましたよ、お嬢様…。すみません。何やらご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか。」
声の主は、黒の執事服を着た白髪の男性だった。みすぼらしい恰好の僕とは打って変わって、身に着けている物もきちんとして気品が感じられる。思えば、リーシャという名の女の子も、茶色のローブの下は小綺麗なドレスを身にまとっていた。
「あっ…いえ。何もありませんよ。」
道具屋の主人は、リーシャが店の商品を盗んだ件については何も言わなかった。
「さぁ、帰りましょうか。勝手にお外を出歩いては、ご主人様が心配なされます。」
リーシャはその男性に肩を押され、馬車の中へと入っていった。
「さっきの男性は?」
店主に尋ねると、「あれはグリフォード家の執事だよ。」と教えてくれた。
「なんで、あの少女が盗みを働いたことを言わなかったんですか?」
「そりゃ、グリフォード家の領主様には、昔から何かとお世話になったもんだからなぁ…。昔はリーシャちゃんもよく外で遊んでいたもんだが、一度彼女が貴族の娘だってことで攫われそうになったことがあってな…。」
「丁度町を訪れていた勇者がお嬢様を助けて無事にすんだのだが、それ以来はほとんど外を出歩くことを禁止されてしまったらしい。あの子も色々抱えているもんがあるんだろうよ。」
店主は気の毒そうに、馬車の中のリーシャを眺めた。リーシャの表情はどこか寂しそうで、その瞳は触れたらすぐ壊れるガラス細工のようであった。僕はどうにもその顔が頭に残った。
「あんたもありがとうな。よかったら一晩家の家に泊まっていくかい?晩飯くらいならご馳走するぜ。」
「えっ、いいんですか?」
「おう。もちろんだ。」
その日の晩は道具屋の主人の家で宿泊し、奥さん特製のビーフシチューを頂いた。久しぶりに湯も浴びることができ、あたたかいベッドで眠りについた。
「本当にありがとうございました。」
「おう、また顔を出してくれや。」
深々と頭を下げ、昼過ぎに道具屋の店主の家をあとにした。
007 そんなところにいるわけもないのに~わんもあたいむ♪
大通りに出ると、何やら憲兵が慌ただしく走り回っている。その中には、昨日見た執事の男性の姿もあった。
「あの、どうかなされたんですか?」
話しかけると、執事の男性は「あぁ、昨日の方ですか…。」と困ったような表情を見せて言った。
「昨日に引き続き、再びリーシャお嬢さまが朝から家出をしてしまって…。」
それにしては随分な騒ぎだ。屋敷の者だけでなく、憲兵まで駆り出されて捜索をしている。貴族の娘というものは、そういうものなのだろうか。
「今日の昼、謎の男から電話がかかってきまして…。『領主の娘は拉致させて頂いた。返してほしければ、午後の三時に領主一人で西の廃教会に来い。』と…。」
これを聞いたワタルの頭の中には、悪魔のささやきが聞こえた。領主の娘を救ったとなると、そのお礼としてかなりの大金を頂けるかもしれない。そしたら、魔王を倒すなんて面倒なことをしなくとも、借金を返済できる…。
「あの、僕も勇者のはしくれとして、お嬢様を助けるお手伝いをしてもいいでしょうか!?」
「えっ、勇者?……そんな身なりで?」
執事の質問はごく自然のものだった。銅の剣を覗けば、僕はホームレスも同様な姿である。というか、帰る家も焼け落ちて住所不定、職業も勇者とかいう仕事と言っていいのかわからない無一文。今夜の宿もないホームレスそのものであった。
「………………。いや、お手伝いしていただけるなら、ホームレスの手も借りたい現状です。」
「なんですか、その無言の間…。しかも、今決定的な言葉を口にしましたね。」
「あっ、すみません。勇者さま。ぜひ、お願いします。」
執事と別れてから、向いのホーム、路地裏の窓、こんなところにいるはずもないのにと思いながら、町中を探し回った。
「いないなぁ。ワンモアタイム探してみるか。」
結局午後の二時をまわっても、誘拐犯とリーシャの姿は見つからず、仕方なく西のはずれの廃教会へと向かうことにした。
「勇者が待ち伏せていると知られるのはまずい…。いや、僕のこの恰好なら、廃教会に住み着いたホームレスとして自然に見えるか…。自分で言っていて情けなくなるな…。」
僕は少し肩を落としながら、廃教会の中に前もって身を潜めることにした。廃教会の壊れた教壇の中に、ちょうど大人一人身を潜められる場所があった。そこに隠れて約束の時刻を待つ。
008 頬の十字傷は男のロマン
しばらくそのまま待っていると、廃教会の床が“ギシッ”と軋む音がした。おそるおそる覗くと、マスクを被った男二人組が、大きな黒いカバンを抱えている。
「へっへ、かつては勇者に邪魔をされたが、まさか再びあの貴族の娘を攫うことができるとはな…。」
「今回こそは、たんまり身代金を頂くぜ!」
見るからに小物そうな誘拐犯二人は、黒いカバンのチャックをさげた。すると、縄で身体を縛られ、猿轡を口にはめられて声を出せないリーシャが姿を現した。
「傷つけんなよ。大事な金の成る実だぜ。」
男はリーシャをカバンから出して担ぎ上げ、領主の到着を待った。
「おっと…、領主様の登場だぜ。」
廃教会の入り口の前には、領主がシルバーのジェラルミンケースを携えて立っていた。
「娘を…私の愛する娘を返してもらおう…。」
「へっ、金が先だ。そのカバンを渡しな。」
「ぐぬっ…。ほら、受け取るがいい。」
領主はジュラルミンケースを誘拐犯たちへと放り投げた。誘拐犯の一人はそのジェラルミンケースを受け取り、中身の金を確かめてから肩に担いだ。
「早く娘を解放してくれ…。」
領主の懇願するのを、誘拐犯はあざ笑うかのように言った。
「はっ、馬鹿野郎が。どうせ、そこの藪に憲兵やらが待機してんだろ?安全が確保された場所に着いたら、この娘を解放してやるよ。」
誘拐犯の言う通り、万が一に備えて憲兵は藪の中で待機していた。しかし、人質であるリーシャが解放されないため、彼らは身動きができずにいた。
「っじゃあな。有り難く金だけ受け取っていくぜ。」
強盗犯たちが立ち去ろうとしたとき、彼らの後ろにさっそうと黒い影が現れた。
「約束はちゃんと守らなきゃいけないって、親に教えてもらわなかったかい?」
見かけホームレスの勇者ワタルは、誘拐犯たちの後頭部に銅の剣で会心の一撃を見舞い、誘拐犯からリーシャを奪い去った。誘拐犯二人は意識を失い、その場にへたりと倒れて伸びている。
「まぁ、僕の親はそんなこと、全く教えてくれなかったけれどね…。」
ワタルは縛られたリーシャを腕に抱えて、彼女を縛る拘束具を外してやった。
「大丈夫かい?」
「あ…ありがとう。」
「君が無事でよかったよ。」
リーシャはワタルの気遣う言葉に、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
領主が駆け寄り、娘の安全を確かめた。強く抱きしめてから、ワタルに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとう。なんとお礼を言えばいいだろうか。」
誘拐犯たちは憲兵に連行されていった。
「いえいえ、そんな大したことじゃないですよ。」
「本当にありがとう…。以前にも、勇者さまに娘を助けてもらったことがありましてね…。」
「あぁ、そんな話も聞きましたね。」
「その時は、頬に十字の傷がある勇者が助けてくださった…。どことなく、君にも似ていた気がするな。」
領主はワタルの顔をまじまじと見ながら言った。
「あぁ…それ、多分僕の兄です。」
ワタルは苦い記憶を思い出すかのように、顔をしかめた。
「えぇっ!?」
「僕の兄は、僕がまだ小さい頃に、ある日突然、『俺は勇者になる!』って言って出て行って以来音信不通です。ちなみに、頬の十字傷は緋村抜〇斎に憧れた兄が、自分でつけた傷です…。」
「……そうか。」
「はい…。」
ワタルの兄については、これ以上ワタルは何も話さなかったし、領主も尋ねようとはしなかった。
009 最近のオタクは猫耳の需要をわかっているのだろうか
勇者ワタルは屋敷にお呼ばれし、領主からおもてなしを受けることになった。意外と庶民的な料理がテーブルには並び、領主は口を開いた。
「今日は本当にありがとう…。すまない。領主と言えど、私たちはあまり裕福というわけではなくてな。あの身代金も、話を聞いた住人たちが、『これを使ってくれ。』と借り受けたものだ。」
人の良さそうな領主の話を聞き、彼らは本当に愛されているのだなっと感心した。
「リーシャ、これに懲りたらもう勝手に一人で外を出歩くのはやめてくれ。」
領主はなだめる様に、愛娘であるリーシャに言った。
「いやよっ。私は外の世界を旅したい。もっと自由に生きてみたいの!そうだ、この勇者様と一緒に、旅をしたいわ!ねぇ、いいでしょっ!?」
「そう言われてもなぁ…。父親としては、お前の身の安全が第一なんだ。」
娘の言葉に、領主は困った顔で妻に助けを求めた。
「そうねぇ、確かに心配だわ。こんな常識知らずで、泣き虫で、料理も掃除もできない、寂しがり屋で、ほっておけば、死んでしまう子猫のような娘に旅をさせるなんて…。」
母親の言葉は、リーシャの胸にぐさり、ぐさりと刺さった。
「子猫のような…?そういえば、なんか猫みたいな…。」
よく見ると、リーシャの母親の顔つきはどことなく猫に似ている。逆三角形の鼻に、ぴょんと髭が伸び、頭には猫のような耳が生えていた。
「私は人間と、猫の獣人のハーフなんですよ。だからこの子はクォーター。」
リーシャの母親は、そういいながらリーシャの頭を掴んだ。
「えっ…?」
いきなりリーシャの母親は、娘の頭部をわしづかみし、力任せに勢いよく引っ張った。すると、リーシャの栗色の髪がすっぽりと抜けた。
「ほら、この子も小さいけど猫耳がついてるでしょ?恥ずかしがって、いつもウィッグっていうの?こんなもの被ってるけどね…。」
リーシャの地毛は、眩いブロンドの髪だった。そして、その頭からはぴょこんと可愛らしい猫の耳が生えている。
「わっ…返してよ!」
リーシャと母親は、ダイニングで追いかけっこを始めた。目まぐるしく棚からテーブル、椅子へと飛び移る。お互いに獣人の血が入っているからか、その身のこなしは猫のような身軽さだった。しかし、獣人としての血が濃い母親が上手であり、リーシャの息が切れる最後まで捕まることは無かった。
「すみませんなぁ。騒がしくしてしまって…。」
家内と娘が追いかけっこをしている間、領主はワタルに話しかけてきた。
「確かに、少し過保護が過ぎたのかもしれません。少し旅をさせてみるのも、娘にとってはいいことなのかも…。」
その言葉を聞いたリーシャは、ぴたっと動きをとめて父である領主に詰め寄った。
「ほんと!お父さん、旅に出てもいいの?」
猫耳をぴょんと立てて、水晶のような目をキラキラと輝かせている。
「このお強い勇者さまとなら、安全は大丈夫かもね。」
母親もそう言って、娘の旅立ちに賛同した。
「うむ…。勇者様、もしよければですが、うちの娘を旅にご同行させてもらえはしないでしょうか。」
「えっ…、でも僕はそんな強いわけでも…。」
「いや、あの目にもとまらぬスピードで、会心の一撃を誘拐犯に見舞うなんて、並の勇者にはできません。」
「ねぇ、お願いっ!連れて行ってください!」
猫耳を揺らしながら、リーシャは頭をさげて頼み込んだ。
「わ…わかりましたよ。っじゃあ、一緒に旅についてくるかい?」
「いいの…?」
「うん。大丈夫だよ。」
「やったー!」
ワタルの声に、リーシャは飛び跳ねて喜んだ。その時、謎の効果音とともに、『リーシャが仲間になった。』というテロップが現れた。
「なんですか?このテロップ…。」
「さぁ、そういう仕様なんじゃないの?」
夕飯を終えて食後のコーヒーを頂いていると、先ほどから別室に行っていた領主が戻ってきた。
「旅の資金というほどのものは準備できないのですが、せめてこれだけでも持って行ってください。」
領主が執事に指示をすると、執事はまだ新しい鎧を運んできた。
「これはアルミ製の鎧です。鉄の鎧に比べると耐久力は落ちますが、軽くて素早さは下がりません。」
「うわっ!ありがとうございます!」
さっそく鎧を装備すると、先ほどまでのホームレス姿から見違えるほどに、一端の勇者に見える様になった。
010 素直さと誠実さと心強さと
その日はリーシャ宅に泊めてもらい、翌日に王都を出ることにした。
「あの…王都を出発するまえに、一つだけ寄りたい場所があるんだけど…。」
リーシャは少ししどろもどろした様子で、ワタルに申し出た。
「うん。別に構わないよ。」
王都を出るまでにリーシャが訪れたかったのは、以前盗みをしてしまった道具屋のところであった。リーシャはウィッグを外し、少し震えながら道具屋の中に入っていった。
「あの…。すみません…。」
リーシャは恐々と、店の奥で道具を整理している店主に呼びかけた。
「うん?あぁ、リーシャちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
店主は以前のことは、何も気にしていないという笑顔で笑いかけた。
「あの…この前はごめんなさい…。」
リーシャは涙を瞳に溜めながら、深々と頭を下げた。
「ははっ…。そんなことかい?もういいってことよ。」
領主は店の外で待っているワタルの姿に気が付いた。
「おぉ、この前の勇者さんじゃないか。ホームレスの姿から随分と見違えてたから、わからなかったよ!」
「どうも…。」
声をかえられ、ワタルも道具屋の中へと足を踏み入れた。
「そういえば、勇者さんと一緒に旅に出るらしいね。リーシャちゃん、これを持って行ってくれるかい?」
道具屋の店主の手には、以前リーシャが盗もうとしたダガーがあった。この近辺で取れた鉱物で作られたダガーは、リーシャの瞳のように美しく輝いている。
「えっ…そんな。」
「男の粋ってやつを受け取ってもらえないと、こっちも恰好が付かねぇからよ。気を付けて行っておいでな、リーシャちゃん。」
道具屋の店主は、笑顔でリーシャの頭をぽんと叩いた。
「…うん!ありがとう!」
店主の心意気に感謝を告げ、二人は王都を旅だった。
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