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活動報告その四 演劇部のプライドをかけて
次の日。
俺は約束の時間よりも十分早くファミレスに到着した。
先に店の中に入り店内を見渡すが葉月の姿はない。
まだ来ていないようだ。
案内された二人掛けの席のソファ側に座ってからメールを入れようとしたが、アドレスを交換していなかったことにそこで気が付いた。
「ま、いっか」
約束の時間に俺が外にいなければ入って来るだろう。
と気楽に構えていたのだが約束の時間を十分過ぎても葉月は姿を見せない。
もしかして、と思い外を確認することにした。
店の外に出ると葉月がそわそわと落ち着かない様子で立っていた。
「葉月」
と声をかけると安堵した表情を浮かべた。
「遅い。何してたの」
「悪い。先に中入ってた」
「ならメールくらいしなさいよ。心配したじゃん・・・・」
「メアド交換してなかったからできなかったんだよ。わりぃな」
何を心配することがあるのだろうか。
少し気になったがそこには触れず、俺は葉月を連れて店内に戻った。
もともと座っていた場所に腰を下ろすと、葉月は立ったまま不満そうな表情で俺を睨みつけてきた。
「な、なんだよ」
「普通レディにソファ側譲るもんだよね?」
「こっちに座りたいのか?」
「気を利かせろって言ってんの!」
何だよめんどくせぇな、と言いながら俺が椅子に移動すると満足気な表情で俺の元いた場所に落ち着いた。
二人とも朝食は家で済ませて来たためとりあえずドリンクバーだけ頼み、飲み物を取りに行く。
朝はやっぱりコーヒーだろう。
こういう大人な一面を豊浜さんに見てもらいたい。
先に席に戻ると葉月もコーヒーを持って戻って来た。
「なに私の真似してんのよ」
「先に取ったのは俺だ」
そう言ってからコーヒーを口に運ぶ。
ブラックのままで飲むコーヒーが一番好きだ。
鼻から抜けていく純な深みとコク。
ミルクを入れてもいいのだが俺はやっぱりそのままが一番好きだ。
葉月もブラックのままコーヒーを一口。
「うぇ。なにこれ。苦いだけじゃん」
漫画に出てくるキャラがしそうな表情そっくりだったから、俺は思わず吹き出してしまった。
なに笑ってんのよ、と不満げだ。
「無理してブラックなんか飲むからだ」
「無理してない。本当にここのコーヒーがまずいだけ」
「そんなまずいか?」
「あんた、味覚おかしいんじゃないの?」
そう言ってから葉月は席を立ち、違う飲み物を持って戻って来た。
「最初からオレンジジューチュにしとけばよかったんでちゅよ」
「殴られたいの?」
葉月の目が真剣だったから思わず「すみませんでした」と手を膝の上に載せて軽く頭を下げた。
「さ、会議を始めるよ」
「会議って言うかさぁ。昨日の夜考えたんだけど、部員が集まるか集まらないかって賭けをしたわけじゃん? なんで敵のお前と部員集めについて練らなきゃいけねぇんだ?」
「部長だから」
「いや、まぁそうなんだけどさ」
「一人のままでいいの?」
うっ。そ、それは、と狼狽えていると真剣な眼差し、声のトーンで葉月は俺に問いかけた。
「昨日楽しくなかった? ただあのメス豚にデレデレしてただけ?」
楽しかったさ。
誰かと一緒に部活できるなんて思ってなかったから余計に。
あんな風に引退まで誰かとできたらどんなに幸せか・・・・。
ん? 俺は流しちゃいけないことを流してしまった気がする。
「メス豚・・・・?」
「昨日来てたじゃん。豊浜とかいう女」
お前な! と怒ろうとしたが、犬に「待て!」と言うように掌を俺の顔の前に出して話を遮った。
「今はあんな女はどうでもいい。それよりどうやって部員を集めるか早く考えるわよ」
「だからそれだと俺が負けるだろ!」
「可愛いお仕置にしてあげるからそのことは一旦置いときなさい」
可愛いお仕置ってなんだよ。
言い返すのもアホらしくなってきた。
まぁどんな手を使ったところで部員が集まることはない。
その現実を目の当たりにしたら諦めるだろう。
「さ、本当に始めよう。まず藤崎が今までどういった勧誘を行ってきたのか聞かせてほしい」
どんなって・・・・。
俺はまず去年、何をしたのか振り返ってみた。
そして何もしていないことに気が付く。
まぁ一年生ってこともあったしな。
新入部員がいきなり勧誘ってのも変な話だろ?
ここは先輩がいなかったせいだと結論付けよう。
今年、つまり最近何をしたのかを振り返ろう。
まずは校門のところで内藤先生に協力してもらって作ったビラ配り。
同じクラスになった帰宅部の人。
豊浜さんを誘ったこと。
これくらいだろう。
他に何ができるというのか。
手は尽くした気がする。
全て葉月に話すと「はぁ」と溜め息をつかれてしまった。
「なんだよ。他に何かできるってのかよ」
「まぁとりあえずいいわ。次。勧誘文句は?」
「勧誘文句?」
「なんて言って誘ったのかって意味よ。馬鹿?」
「わかってるわ、そんなこと」
俺はなんて言って皆を誘ったっけ?
ビラ配りの時は
「よろしくお願いしまーす」 「演劇部入りませんかー?」
とかだよな? これくらいしか言うことないし。
クラスの帰宅部を誘ったときは
「ねぇ。よかったら今年から演劇部に入ってみない? 体験入部だけでもいいからさ。来てくれたら嬉しいんだけど・・・・」
と言った気がする。
話すとまたもや葉月に溜め息をつかれた。
それも今度は首を振りながら。
だめだこいつ、と言われている気がしてムッとしてしまう。
「おい。なにさっきから溜め息ついてんだよ」
「ポンコツ過ぎて呆れてんの」
「あぁ? ならお前はもっとうまくやれるってのかよ」
「少なくとも藤崎よりはね」
「じゃーやってみろよ。今、俺を勧誘するつもりでやってみろよ」
咳ばらいをして葉月は顔を伏せた。
そして顔をあげた時、そこには猫を被った葉月がいた。
凛としたお嬢様の顔。
「藤崎君。もうどこの部活に入るか決めた?」
あまりの豹変ぶりに狼狽えていると「お前もちゃんとやれや」と小声で言われた。
どすの効いた、とても同じ人から発せられた声とは思えない低い声だった。
「ま、まだかなー・・・・」
「そうなんだ! あのさ、良かったら演劇部に来てみない?」
「演劇部って全然人いないんでしょ? 前は凄かったみたいだけどさ。どうせ入るならもっと楽しそうな所に入りたいなー・・・・。だからごめん」
どうだ。
これ結構効くだろ。
何も言い返せないだろ?
こんなにハッキリ言われると思ってなかった俺はこれで心折れたんだ。
忘れないぞ。あのモブ君。
さぁ、どう返すか見ものだな。
そっか・・・・、と残念そうに葉月は笑った。
それしかできないんだろ?
口だけだな、お前。
「藤崎君とだったら楽しい部活にしていけると思ったんだけどな・・・・。どうしても藤崎君に一回、部活に来てもらいたいんだけどダメかな? 来てもらってそれでもやっぱりって言うなら私も諦めるから・・・・」
あ、トキメキ頂きました。
上目遣いはズルくないですか?
行きます。なんならここで入部届出します。
「いや、待て待て待て。思いっきり女を武器として使ってんじゃねーか。反則だろそんなの。俺に出来るわけねーだろうが」
はぁ、とまた溜め息をつく葉月。
オレンジジュースを一口飲みグラスを置いた時、そこにお嬢様はもういなかった。
「あんた、なんで今行ってもいいかなって思ったの? 上目遣いしたから? それだけ?」
「上目遣いはポイント高かったけども。そうだな・・・・。俺とだったら楽しい部活にしていけると思うって言われたのは嬉しかったかな。そのあとに部室に来てって言われたら行こうかなって気に・・・・あっ」
俺はここで初めて気が付いた。
勧誘しても演劇部に人が集まらないのは俺のやり方が下手くそ過ぎたというとても単純な理由だった。
そんなことにも気付けていなかった自分が恥ずかしくなって俯いていると、またもや葉月が溜め息をついた
今日、何回溜め息つくのよ・・・・。
「どうせ適当に気の弱そうな子に話かけてたんでしょ? んでチョロいだろって気持ちで適当に言葉並べて。あんたが今私に言ったようなこと言われて撃沈。そんなとこでしょ?」
図星過ぎて何も言い返せなかった。
「言い方、仕草、言葉のチョイス。それだけで人の心は動かせるのよ。藤崎みたいなセコイやり方じゃなくても。それくらい部長なら心得てなさいよ」
せこいやり方・・・・。
俺の心をえぐる言葉のチョイスお上手ですね。
「ま、それ以前にやることがあるんだけどね」
やること?
他に何かやることがあるだろうか。
「何する気だよ」
「決まってるでしょ。部活動紹介でインパクトを残すのよ」
*
普通に原稿を読んで語りかけるだけじゃ面白くない。
だから私たちは演劇部ならではの、インパクトの残ることをすればいい。
葉月はあの日そう言った。
あれから二日経ち、今日は新入生向けの部活紹介の日だ。
全授業が終わり放課後となったこの時間に一年生は体育館に集められ、壇上で上級生が何かしらのパフォーマンスとともに部活を紹介していく。
サッカー部だったら小技を挟んだリフティングを披露したり、野球部は軽いキャッチボールをしたり。
その中で喋り役の子がカンペをがっつり読みながら紹介していく。
その中でも一番カッコよく目立つのが軽音部だ。
軽音部の中で一番実力のあるバンドが壇上で一曲披露。
そして演奏後にボーカルの子が少し話して捌けていく。
去年演奏していたバンドは素人目ながらも上手すぎることがわかるくらいカッコよかった。
今年はどんな演奏を聴けるの密かに楽しみにしていた。
今日の昼休みまでは。
昼休みに順番を決めるくじ引きが行われその結果、軽音部を差し置いて我が演劇部がトリを勤めることになってしまった。
それはまだいい。
俺が憂鬱になっている理由は、トリ前に軽音部がきてしまったことなのだ。
今、舞台袖にいる俺は、そこに置かれているギターとベースのネックを折っちゃおうかなと真剣に考えている。
ボーカルの子が舞台上で緊張のあまりに失禁するように呪いをかけようかなと考えていると葉月が俺の背中を叩いた。
「なに死んだ顔をしているんだ。シャキッとしろ! それでも部長か」
誰のせいでこうなってると思ってんだ。
普通に紹介するだけなら別に軽音部の後でも構わないさ。
俺が憂鬱になっているもう一つの原因。
それは、キスシーンを盛り込んだお芝居をこれから行おうとしているからだ。
あの日、俺は当然却下した。
そんなことできるか! とファミレスで怒鳴ってしまったくらい強く却下した。
「じゃー他になにができんのよ。皆を爆笑の渦に巻き込めるほどの劇でも考えるわけ?」
「なんで爆笑かキスの二択なんだよ。インパクトってそういうことだけじゃないだろ。もっと他にやり方あるだろ。お涙頂戴の芝居をやるとか」
「じゃーそんな台本かけるのね?」
「そ、それは・・・・」
「書けないんじゃない。キスシーンさえ飲んでくれれば台本はもうあるの。私が去年、お芝居への情熱が溢れて勢いで書いた物が。ストーリーは雑だけどキスシーンさえ見せておけばインパクトは残るでしょ。」
そのあとも渋ってみたが、俺としてもいい案が浮かばず、それを飲む他なかった。
「なぁ。するフリでよくないか? なにも本当にすることねーだろ」
「あんたそれでも役者の卵? いい加減踏ん切りつけなさいよ」
そう言って腕を組み、袖から舞台の方を眺めている。
「こんにちはー。軽音部でーす」とボーカルの子が挨拶をしてから演奏が始まった
「私だって、恥ずかしくないわけじゃないのよ・・・・」
「なに? 聞こえなかった」
演奏の中、葉月がなにか言ったことはわかったが内容までは聞こえなかった。
大声で聞き返したが、葉月は舞台を真っ直ぐ見つめているだけだった。
軽音部の演奏が終わり、バンドメンバーが袖に戻ってきた。
拍手は未だ止まず、いかに盛り上がったかを象徴していた。
あぁ、吐き気がしてきた。
こんなに盛り上がった後になぜ俺は大勢の後輩たちの前で葉月とキスしなくてはならないのだろうか。
自分の芝居が上手くいくかどうかなんてどうでもいい。
キスシーンの時の皆のリアクションが怖くて仕方ない。
絶対に悲鳴が上がる。
「次に演劇部の紹介です。演劇部の皆様よろしくお願いします」
いよいよ俺らの番だ。
あああああああああああ。
もうこうなったらとびきり情熱的にしてやる。
ガッチガチにキスしてやる。
俺が覚悟を決めると葉月がこちらを向いて言った。
「いい舞台にしよう。演劇部のこれからのために」
いいキスをしようってことだよな。もちろんだ。
俺は無言で頷いた。
そしてグータッチをして俺らは舞台に立った。
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