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活動報告その二 やって来た猫かぶり女
次の日の昼休み。
俺は頭を抱えていた。
豊浜さんが仮入部に来てくれるのは嬉しいのだがやることがない。
本当にお茶を啜りながら読書の時間になってしまう。
俺は構わないのだが、そんなことでは演劇部に入ってくれるわけがない。
「部活に入らなくてもできるよね。これ」
そう言われるに決まっている。
誰でもそう言うに決まっている。
あぁ参った。何をしよう。
あ。そういえば部室の本棚にノートが何冊か置きっ放しになっているのだが、確かそれらは活動日誌のようになっていたはず。
入部したばかりの時に少しだけ読んだことがあった。
仲間が増えたら参考にさせてもらおう、と思っていたら一年が経っていた。
そうだ、すっかり忘れていた。
きっとあれを参考にすればなんとかなるはず!
よく思い出したぞ! 偉い偉い!
俺は簡単な昼食を済ませてから部室に向かった。
放課後が近づいてくる焦りと何とかなるかもしれないという期待で自然と小走りになっていた。
そうだ、鍵を借りなくては。
「内藤先生! 部室の鍵を!」
職員室に入るなり大声で先生を呼んだ。
そのせいでドアの近くの席の体育教師に怒られてしまった。
「今日も元気いいなー。ほれ。今日も部活するんだろ? 返すの放課後でいいから」
怒られている僕の元に鍵を持ってきてくれた独身貴族。
あぁ女神よ。あなたに素敵な伴侶が見つかりますように。
「ありがとうございます!」
そう言って俺は踵を返し職員室を飛び出した。
後ろで体育教師に呼ばれた気がしたが無視。
どうせもう出てこないモブキャラだし。
部室に着いて急いで鍵を開けた。
まだ時間はあるし急ぐ必要はないんだけど、なんか急いじゃう時ってあるよね。
部室に入って本棚に真っ直ぐに向かう。
あった!
一冊を手に取り中身を確認する。
「うん、これならなんとかなる。ありがとう先輩達」
安心して落ち着きを取り戻した俺は他のノートも開いてみた。
全て活動日誌だった。
事細かに書かれてるわけじゃないけど、何をすればいいのか少し明確になった。
もう無いのかな、と思って本を避けて少し奥を覗くと・・・・出てくる出てくる。
こんなに何冊もあったんだ。
俺の記憶だと三冊くらいしか無かったはずなんだが、ここに三十冊はある。
十倍じゃねーか。
活動日誌だけじゃない。
先輩達のオリジナルなのか脚本らしき物もある。台本がないのが残念だ。
「すげーこれ。オリジナルならかなりのクオリティだぞ。これ」
俺が感動しているとドアが、バン! と音を立てて勢いよく開いた。
ひぃ、と情けない悲鳴をあげながらそちらへ振り返る。
そこには黒くて長い艶やかな髪をしたナイスバディーな女の子が立っていた。
入り口のところで仁王立ちのままキリッとした目で僕の方を見ている。
「ここが演劇部の部室だな?」
「え、はいそうですが・・・・あのー、どちらさまで・・・・」
「私は葉月海未だ。今日からこの学校に通うことになった。よろしく」
なぜこの人はいきなり部室に来て自己紹介を始めているんだろうか。
そしてどうしてそんな怖い顔で近づいて来るんですか?
嫌だ嫌だ来ないで来ないで。
あー近い近い近い。
「君が部長の藤崎だな? よろしく。私も二年だ。仲良くしてくれ」
それは息がかかるほどの距離で話すことですか?
いい匂いするし、めちゃくちゃ美人だし童貞殺しですかこの野郎。
「あ、あのー。近くないですか?」
「あーすまんすまん。つい癖でな」
「なんですかその癖」
「敬語はやめてくれ。同い年なんだから」
色々と距離が近いなーこの人。
てかなんで部室に来てるわけ?
ん? てか今日からこの学校の生徒ってことは転校生?
なんで俺のこと知ってるの?
「私はこの部活に入るために転校してきた。君についてはさっき先生から教えてもらった。ここの部長だから知っとけってさ」
え、なんでこの人俺の心の声と会話してるんですか?
新しい情報も言ってたけどとりあえずどうでもいいよね。
やばくない? 関わりたくないんだけど。
「君、顔に全部出てるぞ。関わりたくないなんて言うな。今日からは部活仲間なんだから」
顔に出てるみたいです。
心の声がダダ漏れしているレベルで顔に出てしまっているみたいです。
そんなわけあるか!
てかさ・・・・。
「演劇部、入るの? 」
「だから言っただろ。私はこの部活に入るために転校してきたんだ」
「あーそうなんだ・・・・」
残念だけど、恐らく君が想像してる演劇部はもうとっくに無くなったよ。
今のここはお花見部だから君の期待してるような青春はここにはないよ。
わざわざ転校して来てくれたのに申し訳ないな。
いや、なんで俺が申し訳なく思わなきゃいけないんだ。
「藤崎。今日も部活あるんだよな? 先生があるとは言っていたが」
「呼び捨て早いな。あるよ。土日以外はやってるよ」
「おーすごいやる気だな。先生の言っていた通りだ」
ん? 待て待て待て。
先生はなんて言ったんだ?
図書委員の女の子待つために毎日部室に来てるだけなんだよ、俺。
「なんて言ってたんだい?」
「毎日、誰がいつ来てもいいように発声練習やらの基礎練は欠かさないし脚本は書き溜めてあるって」
嘘しか言ってねぇじゃねぇか。
絶対結婚できないように呪いかけてやろうか三十路女。
「入ってくれるのは嬉しいけど僕と二人はキツくない? 外で劇団とかに入った方がいいと思うよ」
これは親切心で言ったことだ。
決して、こいつと二人の部活になるなら一人の方が遥かにマシだなんてことは考えてない。
本当だ。うん。
「何を言っているんだ。集めればいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるね。悪いけど君が思ってるほど、この学校の生徒は演劇になんか興味ないんだよ」
「今月中には何とかなるだろう」
「無理だって。僕だってそりゃ頑張ったこともあるさ。でも結果はこのザマ。僕一人だけの寂しい部活なんだよ」
「今月中にあと三人集められたら?」
「何だってしてやるよ」
「言ったな?」
「やれるもんならやってみな。そのかわり集まらなかったら諦めて劇団にでも入れ。ここは出禁にする」
「わかった。熱くなってきた!」
じゃ、また放課後に! と言って葉月は部室を出て行った。
放課後に! じゃねーよ。
できればもう関わりたくないわ。面倒臭そうだし。
・・・・ん? 今日から?
あ! ダメダメダメダメ!
今日は豊浜さんと仲良く二人で部活をするのだ。
あいつの勢いのせいで頭から抜けていた。
というか吹っ飛ばされていた。
「葉月さーん。待ってくださーい。今日はダメでーす」
そう言いながら俺も小走りに部室を後にした。
小走り好きだな。
全力で追いかけろ!
と俺も思うがあの女のために疲れたくない。
ただでさえもうクタクタだ。
エナジードレインでも使っていたに違いない。
*
昼休みが終わり、五時間目の授業中なのだが俺は絶望していた。
葉月が隣の席に座っているのだ。
「おい、皆よく聞け。今日から新しく美人な女の子がこのクラスに入って来ることになった。入れ!」
内藤先生のその言葉で五時間目は始まった。
教室に入ってきた葉月はお淑やかそうな雰囲気を醸し出していた。
「おーーーー!」
クラスの男子たちは一斉に歓喜の雄たけびを上げた。
そりゃ見た目だけだったらそうなるよな。
でもな。
葉月が口を開いた瞬間、一発でお前らが抱いたであろう幻想は打ち砕かれることになる。
「初めまして。エリス女学院から転校してきました葉月海未と申します。皆さん仲良くして下さいね!」
・・・・あれ?
なにこのキャラ。なにその爽やかなスマイルは。
男子たち喜んじゃってるじゃん。
雄たけび上げてる奴だっている。
女子たち!
妬みの眼差しを存分に浴びせてやれ!
・・・・て、あれ?
なんで君たち見惚れちゃってるの?
おかしい。
昼休み、俺は夢でも見ていたのかな?
いや、きっと本性を隠しているに違いない。
どうして俺にだけ本性を見せてきたのかは面倒くさいから考えないことにしよう。
「エリスから来ただけあってお淑やかないい子だ。皆優しく接してやれ! それと男子たち! 残念なお知らせだ! 葉月と藤崎が既にいい感じらしい。よってチャンスはほぼ無いと心得よ! 」
それを言われた瞬間、男子たちは俺を睨み付けてきた。
憎悪しかないその眼差したち。
先生。
今日、部活休んで教育委員会に行って来てもいいですか?
あなたの教師としての振る舞い暴露していいですか?
「先生、なんで言っちゃうんですか・・・・」
おい、なに満更でもないような感じ出してんだよ。
小声で話すな。頬を赤めるな。
あーあ。
男子たちの視線が痛いー。
「意外に面食いなんだね」
はい、そこのモブキャラ女子二人!
ヒソヒソ話をしない!
聞こえちゃってるから!
「余計な害虫が寄り付かなくなるからいいだろ。席は藤崎の隣空けてあるからそこに座れ」
先生。
生徒のことを害虫呼ばわりしちゃうんですね。
さすがです。
それよりも・・・・。
なぜ俺の隣なんだ!
「よろしくね、藤崎君」
そして今に至る。
あまり関わりたくない奴が隣の席にいたら誰だって落ち着かないだろ?
俺が絶望するのもわかってくれるよね?
正直混乱している。
この不可解な現象を俺はどう受け止めたらいいんだ。
五時間目の授業が終わり、教室内の空気が緩む。
六時間目が美術だから一人、また一人と教室を出ていく。
さ、俺も美術室に向かおうかな。
「藤崎君」
隣で大人しく座っていた葉月が話しかけてきた。
「な、なに?」
「美術室どこかわからないから一緒に行っていい?」
「ほ、他のやつに頼めよ。俺トイレ寄ってから行くから」
「待ってるわ」
早速いちゃついてんじゃねーよー、と周りから言われて顔を赤くしている葉月。
昼休みのことがなければ惚れてたかもな。
かわいいもん。
「やめてください。そんなつもりじゃないんです」
本当に照れているようにしか見えない。
なんか少しときめいちゃったよ俺。
きっとさっきの出来事は夢だったんだ。
そうに違いない。
その方が俺にとって都合いいし。
よし、そう考えることにしよう。
「やめろお前ら。ほら行くぞ」
そう言って先に歩き出す。
どうこれ。
かっこよくない?決まってない?
心の中で 「決まった」 って言いながらガッツポーズしちゃったよ。
廊下に出てすぐに葉月が追い付いてきた。
ありがとね、と言ってほほ笑む葉月は天使だった。
豊浜さん。すみません。
今、他の女の子にときめいちゃってます。
でもこんなシチュエーション味わえるのがラノベ主人公の特権だ。
俺はそれを行使しているに過ぎない。
決してクズなんかではないからそこんとこよろしく。
そんなことを考えながら歩いていると葉月が立ち止まった。
どうした? と俺が葉月のほうを向くと、背伸びをして顔を近づけてきた。
え、こんなところでキス!? いきなり過ぎない!?
と思ったが俺の耳元にそっと囁いて顔を離した。
「どっちが本当の私だと思う? 」
「え? 」
葉月は何もなかったかのようにまた歩き出す。
俺は葉月の言ったことの意味を理解するのに十秒ほどかかり、その間その場に立ち尽くしていた。
なんだか怖くて足が動かない。
葉月はなんの迷いもなく美術室の方に歩を進めていた。
知ってるんじゃねーか。
一体何なんだ、あいつ。
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