活動報告その三 やって来た猫かぶり女②

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活動報告その三 やって来た猫かぶり女②

 「はい、じゃー今日はペアになってデッサンしてもらいます。あ、藤崎は葉月さんと組んでね。一番仲いいみたいだから」  というわけで俺は今、葉月の絵を描いている。  葉月は俺を描いているんだが、観察しようと視線を向けるとたまに目が合って恥ずかしそうに微笑むからやりづらい。  こっちまで照れてしまいそうだ。  俺は絵心を母の胎内に置いて来てしまったため、壊滅的に絵が下手だ。  今書いているのが葉月だといっても誰も信じないだろう。  俺のキャンバスには、まるでジャ○子のような葉月がしかめっ面をして俺を睨み付けている。  「お前ら-。最後はお互い見せ合えよー。んで、ちゃんと相手の絵を見ろー。その人から見えてるお前らの姿だからなー」  まぁそうですよね。去年もデッサンの授業で同じこと言ってましたよね。  そのおかげでペアだった奴に嫌われましたからね。  野球部の期待の新人と言われていたそいつはまぁプライドの高かった奴で。  身長も高くて女子からも人気で。  見た目をキャラで例えるなら怪盗キ○ドのようなハンサムボーイ。  ところが。  俺的にはキ○ドのように描いたつもりだったんだが・・・・。  終わってみたらまるでお○松さんのようになってしまった。  「ふーん。君から見た僕はこんな感じなんだねー」  人があんなに冷たく笑うところを初めて見た瞬間だった。  次の日からそいつに無視されだしたのはまだ良しとして、一部の女子から猛烈に嫌われてしまって辛い思いをした。  転校初日の女子をジャ○子のように描いてイジメた、みたいな噂が流れたらもう僕は学校に来れなくなるんじゃないか?  学校生活が危ぶまれるほどに俺の絵は酷い。  「藤崎君。顔怖いよ? もっとにこやかに。スマーイル」  そう言って爽やかな笑顔を俺に向けてきた。  やめて。その笑顔が般若に変わると思うとチビってしまいそうだよ。  これだから美術は嫌いだ。  「よーし。そろそろ終わりにしよう。さ、互いに見せ合いましょーう。オープーン」  先生の合図とともに皆がキャンバスを公開した。  皆楽しそうに笑いあっている。  「こんな顔してねーよ!」 「やだーめっちゃ不細工じゃーん」  はぁ。見せたくねーなー。  絶対ここだけ異世界になるんだよなー。  「藤崎君。早く見せてよ!」  なんでそんなにワクワクしてんだ。  あーそうか。君は俺の絵がどれだけ酷いか知らないんだね。  転校初日だもんね。  ほら、見て。皆が心配そうにちらちらとこちらを見ているよ。  「はい。うまく描けなくてごめんなさい」  そう言いながら俺は葉月ジャ○子ちゃんを公開した。  「え・・・・」  はい。そうですよね。  そんな反応になりますよね。  俺は今すぐここから逃げ出したかった。  周りの視線が刺さるように痛い。  普通に絵を描いただけなのに犯罪者を見るような目で皆俺を見ている。  「また今年もやっちゃったんじゃない?」  向こうの席でまたモブ女子がひそひそと話している。  さ、どんな罵りでも受けてやりますよ。  「ぷっ、はははははははは」  あれ? どうした? 壊れちゃった?  お腹抱えて笑い出しちゃったよ。  人間の精神を破壊しちゃうほど酷い?    「なにこれー。私こんなんじゃないでしょー」  「え・・・・」  「ん? どうしたの?」  涙を指先で拭い、俺の絵を見るなり再び笑い出した。  「お、怒らないのか?」  「怒る? どうして?」  「いや、下手すぎるからさ・・・・」  「下手にもほどがあるでしょ。もうある意味傑作だね」  俺は目頭が熱くなるのを感じて下を向いた。    「見て見て。あたし結構うまく描けたんだよね!」  そう言われて俺は涙がこぼれないように奥歯をぐっと噛みながら顔を上げた。  そこに描かれていたのは・・・・。  「ぷっ、はははははははは」  ジャ○アンだった。  「え、なんで笑ってるの?」  「これ俺じゃなくてまんまジャ○アンじゃねーか」  そんなことないよー、と言いながら葉月は自分が描いた絵を見つめる。  「た、確かにそうかも」    そう言って葉月もまた笑い出した。  俺らは二人で腹を抱えて笑った。  周りが引いていることに気づいていたがそんなことはどうでも良かった。  今この瞬間が楽しくて仕方ない。  笑いすぎて泣いてしまったが、さっき堪えていた物も含まれている。  人って嬉しくても泣くんだな。本当に。  俺らは飽きもせず、先生に止められるまでずっと笑っていた。                *  さっきの感動を返してください。  俺は今、放課後の部室で正座をさせられ、その上説教までされているのだ。  俺の絵を見て笑っていたのは面白かったからではなく、怒りを通り越したその先にたどり着いてしまったかららしい。  「傑作って言ってたじゃん・・・・」  と言ったら  「ええ、傑作ね。ジャ○子ちゃんを描いたのならね」  とたっぷりと皮肉を込めて言われてしまった。  豊浜さんが来ないうちに終わればいいのだが。  こんなところ見られたら俺は立ち直れない。  「おい、藤崎。絵が下手なのは許すとしてなぜ私がジャ○子にならなくてはならないんだ。お前には私がそう見えているのか? それとも嫌がらせか? あぁ? なんとか言ってみろや!」  先ほどからずっとこんな感じだ。  仕方ない。奥の手を使うか。  豊浜さん。どうかまだ来ないでください。  一組の担任の先生。どうかホームルームで時間を稼いでください。  「真面目に書いたんですが・・・・。下手すぎるが故に不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません」  そう言って土下座をした。これが切り札だ。  大体のやつはこれでうろたえる。    床を眺めながら頭上で吠えている葉月の声を聞いていたが、うろたえている様子はない。  ならばと俺も反撃してみることにした。  俺もそろそろ言われっぱなしでは悔しくなってきたところだ。    「私も聞きたいのですが、葉月さんから見た私はジャ○アンなのですか? あなた様ばかりお怒りになられていますがあなたの絵もなかなかに酷いものでした。そこはどうご説明いただけるのでしょうか」  うっ、と声を上げなんとも気まずそうな顔をした。  頬をぽりぽりと掻き視線を泳がせている。    「だから・・・・。絵が下手なことは攻めてないだろ・・・・」  「どうご説明いただけるのでしょうか」  「う、うるさい! 今は私が怒ってるんだ! 調子にのるな!」  怒ってるんだ、と言われても・・・・。  よく考えたら今日はおあいこじゃないか。  どちらも相手を傷つけるレベルでデッサンできていなかったわけだし。  そう考えたら俺だけ正座をさせられて怒られてるのがアホくさくなった。  「お、おい。なに勝手に椅子に座っているんだ。まだ終わってないぞ!」  「よく考えたらお互い様だろうが! お前もまともにデッサンできてなかったじゃねーか! なんで俺だけ正座させられなきゃいけねーんだ」  「違う。そこに怒ってるんじゃない・・・・」  じゃー他のどこに怒ってるんだ、と問い詰めると桃色に頬を染めて急にモジモジし始めた。  「だ、だから言ってるだろ・・・・。お、お前の目には私がジャ○子に見えているのかって」  「見えてねーって言ってんだろ。何回言えばわかんだよ」  「じゃ、じゃー、どう見えているんだ」  どうって。  なんて言えばいいんだよ。  葉月の俺を見る目が期待の色をしている。  「お、おい。なんとか言え」  はぁ、と一息ついて「可愛いお嬢様」と葉月が望んでいそうな答えを、恥ずかしさなんて微塵も感じずに言ってやった。  「か、可愛いか。そうか」  すげー嬉しそうな顔するじゃん。  へへーとか言ってにやけるな。  モジモジを加速させるな。  桃からりんごに変わりそうだぞ。  言わせた褒め言葉によくそこまで喜べるな。  「ま。中身が伴ってねーけどな」  「??? ドユコト?」  はぁ。もういいや。疲れた。  俺はキョトンとした葉月を放って本棚の前に移動した。  今日は余計なのも入れて二人も部活に来てくれたのだ。  片方は本当に招かれざる客なのだが、豊浜さんの前で葉月を邪険にしたら嫌な奴だと勘違いされてしまう。  俺はそうならないように葉月も手厚く歓迎することにした。  もちろん歓迎しているフリだから必要以上に構うつもりはないが。  そろそろ豊浜さんも来る頃だろう。  どれを参考にしたらいいかなー。               *  遅れてやって来た豊浜さんは急いでくれたのか慌ただしく部室に入って来た。  「ごめんね遅くなって。あれ? 初めまして。一年生?」  葉月を不思議そうに眺めている。    まぁ正しい反応だ。  見たことない人がいるわけだし、尚且つそれが演劇部の部室にポケーっと座っていたのだから。  演劇部に俺以外の生徒がいるなんて、入学してから初めての光景なのだから。  豊浜さんの姿を捉えると、スイッチが入ったのかお嬢様モードの葉月が姿を現した。  「初めまして。今日から柏坂高校の生徒になりました葉月海未と申します。二年生です。宜しくお願いします」  席を立ち、手をお腹の前で重ねて浅く頭を下げた。  その姿は綺麗な見た目も相まって、まさしくお嬢様という感じだ。  さっきまでの野蛮な葉月はそこにはいなかった。  「転校生か! 初めまして。豊浜千春(とよはまちはる)です。同じ二年生です。よろしくね!」  そう言って微笑む豊浜さんは本物の天使だ。     「もう入部したの?」  「はい。今日の昼休みに入部届けは提出しました」  な、なに!? 聞いてないぞ!?  部員集められなかったら外の劇団に入る約束をしたのも昼休みだ。  もうあの時には入部してたのか・・・・?  「そうなんだ! よかったね藤崎君! やっと仲間ができたね!」  「そ、そうだな・・・・」  俺の微妙な反応に豊浜さんは首をかしげる。  その向こうでニタっと笑う葉月が見えた。  それはもう悪魔のようで。  俺は思わずブルっと身震いをした。  「どうしたの? 寒いの?」  「ち、違うよ。さぁ部活をしよう!」  俺は本棚からノートを一冊取り出してページをめくった。  端の方を追って目印をつけていたページには基礎練習の項目が書かれている。  これをとりあえずやっておけば問題ないだろう。  「じゃ、じゃー準備運動から始めますか」  正直やり方が合っているのかわからなかった。  腹式呼吸がちゃんとできているのかなんてわかるか。  「藤崎君。私できてるかな?」  豊浜さんが頼ってくれるのは嬉しいが正直わからない。    「お、おう。いいと思うぞ! その調子」  こんな感じで他の項目も進めて言った。  「あいあうあえあお いあいういえいお・・・・」  滑舌練習。  「あははははははははは」  「はぁ」  「てんめぇ!」  「そんなこと言わないでよ・・・・」  表現の練習。  「ちゃんとできてたかな?」  「いいんじゃないかな! 俺よりも全然上手だよ!」  豊浜さんと部活ができるなんて。  こんなに楽しい時間が過ごせるなんて。  帰り道ももちろん楽しいけど、一緒に何かをしていることがたまらなく嬉しい。  このまま入ってくれたらどんなに幸せか。  「藤崎君。私はどうかな?」  と先ほどから葉月が猫を被ったまま何度も俺に話しかけてくるが。  「おう、いいんじゃねーか?」  とだけ言って流していた。  ちゃんと笑顔を貼り付けて。    そんな風に豊浜さんとの幸せな時間も過ぎ、完全下校を知らせるチャイムが鳴った。  「あ、もうこんな時間なんだね。そろそろ帰らなきゃ」  そう言って豊浜さんは自分の使った湯呑みをシンクに持っていき、荷物をまとめ始めた。  「部活動ならまだ大丈夫だよ!」  そう言って引きとめようとした。  もっと一緒に練習したい。  「体験入部の人は帰らなきゃいけないんだよ。藤崎君知らないの?」  「そ、そういえばそうだったね」  「もう。部長さんしっかりして! 新しい子だって入って来たんだから」  じゃー俺らも帰るか、と湯呑みを片付け始めると。  「部員集めについて会議ですよね? そのことについて体験入部が終わったら会議するって言ってましたよね?」  俺の記憶にないことを葉月は言い出した。  そんなこと言った覚えはない!  と言おうとしたら。  「そうなんだ。じゃー今日は先に帰るね。頑張ってね部長! 葉月さんもこれから部活頑張ってね!」  また月曜ね、と言って出て行ってしまった。  俺は閉められたドアの方を向いて豊浜さんの残像を見つめていた。  一緒に帰る予定だったのに・・・・。  スイッチを切った葉月がぶっきらぼうに俺の背中に声をかけてきた。  「さ、会議始めるわよ」  「会議ってなんだよ! そんなこと言った覚えないぞ!」  「でしょうね。だって私が今決めたんだもん」  は? こいつふざけんなよ。    「て、てめぇ」  「なに? さっきの復讐? それとも本当に怒ってるのかしら」  「あぁ怒ってるね。なに勝手なこと言ってくれてんだ。豊浜さん先に帰っちゃったじゃねーか」  だから何よ、と真顔で聞かれてしまい俺は返答に困った。  ふん、と鼻を鳴らして腕を組み俺を鋭い目つきで睨みつけてきた。    「一緒に帰りたいなら追いかければいいじゃない。別にいいわよ。私一人で考えるし。部活中だってデレデレしちゃってさ」  うっ。バレてたか。  確かに、女の子にデレデレして部活に集中してなかったのは反省すべきだ。  歓迎してないとはいえ、新しく入ってきた部員の前だったのだ。  部長として示しがつかないよな。  もう一人の部活ではないことをもっと自覚すべきだった。  「わ、悪かったよ。今後は気をつける。部長として自覚が足りなかった。ごめん」  「知らない」  そう言って葉月はプイッと顔をそむけてしまった。  葉月の態度をよく見るとなんだか怒ってるというよりも拗ねているようにも見えてくる。  「葉月。怒ってるんだよな?」  「ふん」  あぁ面倒臭い。  さっきまでのハッキリとした物言いはどこに行った。  「・・・・もしかして、拗ねてんのか?」  一瞬ビクッとして顔をこちらに向けてきたが俺と目が合うとまたプイッとそらした。  「なんだよ。今日は俺が悪かった。まだ言いたいことがあるなら言ってくれ」  そう言うと恥ずかしそうに頬を染めながら言った。  「別に藤崎が誰にデレデレしようが私には関係無いけど・・・・。もう少し私にも構いなさいよ・・・・。寂しかったのよ」  と照れた感じでツンデレのテンプレのような言葉を吐きやがった。  気持ちわる! と言えたならどれだけ良かっただろう。  不覚にもドキッとしてしまい、俺まで照れてしまった。  「な、なんとか言いなさいよ」  そう言われて頭の中で言うべき言葉を探した。  可愛いは除外。  となるとその言葉以外思いつかなかった。  「ごめん」  ふん、と言うと葉月は荷物をまとめ始めた。  「お、おい。帰るのか?」  「そうよ。何か文句でもある?」  「会議は?」  「明日でいいでしょ。明日寿町のファミレスに来なさい。そこでやるわよ」  そう言うと荷物を持って進み出した。  「寿町って。どのファミレスだよ」  「駅前。わかりなさいよ、ばか」  そう言うと部室のドアを開けて廊下に出た。  「十時よ。遅刻したら奢りだからね」  そう言うとドアを閉めてしまった。  なんだよ。  急にツンデレ要素だしてきたじゃん。  まだドキドキしちゃってるよ。  はぁ、とため息をついて椅子に腰掛けて項垂れた。
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