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活動報告その一 柏坂高校演劇部
高校生になって二度目の春が来た。
部室から桜の木を眺めながらお茶を啜り、読書にふける。
俺の日常は平凡という言葉以外では表せないくらいに平凡そのものだ。
朝起きて朝食を食べて登校。授業を受けて昼食を食べて放課後を待つ。高校生らしいイベントも何もなくこの一年過ごしてきた。
友達は普通にいるよ。遊びに行くことだってあるよ。でも部活は休むことなくちゃんと出席している。
え?俺が何部に入っているのかって?
演劇部に入ってます。
部員一名、活動らしい活動は俺が入ってからは一度もない。俺と入れ違いになるように先代達が卒業していったのが原因として大きい。
では何故誰もいない演劇部に入ったのか。そんな疑問が残るだろう。
実は二年前。我が柏坂高校演劇部は全国大会に出場し見事優勝しているのだ。
演劇の全国大会とは何ぞや? と思う方が多いだろう。
僕らの全国大会というのは自信のあるお芝居を映像に残し、それを全国高校演劇界推奨派なる所に送るのだ。
東京予選を突破し、全国大会に進んだ際はまた違うものを送る。簡単なビデオ撮影とは言えDVDに焼く作業なども考えると多少手間はかかる。
しかし驚くことに全国的に見ても毎年中々の盛り上がりを見せているのが今の高校演劇界なのだ。
ということもあり、興味本位で入部した。
部員がいなくても顧問の指導が素晴らしいに違いない。そう期待に胸を膨らませた。
ところがどっこい、顧問の先生はお芝居のことは何もわからない人だった。
とりあえず顧問が必要だからと名前だけ貸してくれている状態。
「あの子達は自分達で全部やってたんだよ。それで全国大会優勝だからそりゃたまげたよね」
と初めて顧問の内藤先生と話した時に言われた。
黒髪ロングの髪からはほのかなシャンプーの香り。
教師というのにワイシャツの胸元を大きく広げ、惜しみなく披露されている谷間。
顔だってきれいに整っている。
しかしおっさんのような話し方をするものだからすべて台無しになっている。
まあそんなことは気にせずとりあえず入っておこう。きっと放っておけば誰か入ってくるだろうと気軽に構えていた。
俺の青春はここからだ! と張り切っていた去年の自分を叱ってやりたい。
青春はそんなに甘くねぇ!
なんてことだろう。誰も入ってこなかったじゃないか。
皆運動部やら軽音部やらとメジャーな部活に興味を惹かれるのはわかるよ。
けどさぁ。全国的に有名なんだよ? 他の部よりも結果残してるんだよ?
入ってきてもいいんじゃない?
「演劇部なー。入ってもいいけど誰もいないじゃん。お前だけでしょ? もっと盛り上がりのあるところの方がいいじゃん。お前もテニス部来いよ」
とクラスメイトの岩永に言われたときは最もな意見だと納得してしまったが。
そんな中で俺が休まずに部活に出席し続けている理由。それは図書委員の豊浜さんと帰るためだ。
演劇部の部室と図書室は向かい合わせになっている。
演劇部の部室が部室棟にないのは創部当時、部室棟に余っている部屋がなく物置となっていたこの部屋を適当にあしらわれたためだ。
当時の部室棟が小さくて助かったぜ。
そして何より部室の移動の提案を蹴って、この部室にこだわり続けた先代達にも感謝しよう。
わざわざ部活に出なくても図書室に行って一緒に時間を過ごせばいいと皆さんはお考えになるでしょう。その気持ちはよーく分かる。
でもそうしないのは、今日こそ誰かが演劇に興味を持って見学に来てくれるかもしれない、という期待を未だに捨てきれていないからなのだと思う。
まぁ、来てくれても雑談するくらいしかやることないんだけどね。
折角入った部活で一人時間を潰しているだけというのは何とも悲しい。
本当はドラマや漫画、アニメで描かれているような部活での青春をしたいのだ。
他の部活に行けばいいじゃないかと言われるかもしれない。
それは嫌!
豊浜さんと帰れなくなるのは辛いの!
豊浜さんと帰れる部活がいいの!
部室の前で豊浜さんと合流して一緒に帰る事だけが今の俺の青春なの!
だから、うーごかーない!
と少々気持ち悪く駄々をこねていた俺だが名案が浮かんだ。
豊浜さんを部活に勧誘すればいいじゃないか。
入ってくれたら毎日一緒に過ごせるじゃないか!
なぜ一年近くも思い浮かばなかったんだ。
ちょっと大変かもしれないけど、委員会と掛け持ちしている奴らだって大勢いる。
というかうちは部活らしい部活をしていないからノープロブレム。
豊浜さんが入ってくれるならお茶しながら読書の毎日で構わない。お芝居なんてどうでもいい。
よし決めた。今日誘おう。
下校まであと三十分。
読書している場合ではない。
口説き文句を考えなくては。
*
下校のチャイムが校内に鳴り響き、部活動している生徒以外は完全下校となった。
委員会の人たちも下校となる。つまり豊浜さんの下校時間だ。
え? まだお前は帰らなくてもいいんだぞって?
部長は俺だ。誰にも文句は言わせねぇ。
読んでいた本を鞄にしまい、湯呑を簡単に洗ってから部室を出た。
豊浜さんも丁度出てきたところで 「あ」 と二人の小さな声が重なった。
「お疲れ様。今日は早いんだね」
「今日は誰も来なかったからやることなかったの。それにいつも待たせちゃってるから今日は先に出て待ってようと思ったんだけど。藤崎君出てくるの早すぎ」
そう言っている彼女の頬はわずかに紅潮している。
最近思うんだけど割と脈ありだよね? これ。
豊浜さんも一緒に帰るの楽しみにしてない?
待ってようと思った・・・・。可愛すぎない?
「やることなくてさ。豊浜さん待たせるのも悪いし」
「ちゃんと部活してください」
弾むようにそう言うと豊浜さんは職員室に向かって歩き出した。
職員室に鍵を返却しなければならない。
鍵を返してから帰路に着くのが俺らのルーティンだった。
俺らだって。カップルみたい。ぐふふ。
「失礼しまーす」
職員室に入り僕は顧問の内藤先生の元に向かった。
「お疲れさん。お。今日も一緒の帰るのか?」
「帰りますよ」
ふーん、と言いながら向こうの方で図書委員担当の先生と話している豊浜さんを舐め回すように見ている。
「藤崎はああいう子がタイプなんだなー」
「どういう子ですか?」
「胸はあまり大きくないけど細く引き締まったウエストのおかげでそこそこあるように見える。ヒップは・・・・。あれは桃尻だろうな。顔だって童顔で可愛らしい。藤崎は顔も体も諦めずに追及する変態なんだね」
「そんな風に見てませんから」
「嘘つけ。顔赤いぞ。でも、そっか・・・・。てことは先生みたいな大人の女は興味ないか」
そう言って見えている谷間をさらに寄せて強調した。
話し方がもっとおしとやかだったら魅力満点なんだがな。
残念だよ、内藤君。
「さようなら、独身貴族で女子高生をいやらしい目つきで眺めちゃう三十一歳の内藤先生」
嫌味を言ってそのまま職員室を後にした。
いつもはもっとからかってきて簡単には帰してくれないのだが今日は早めに開放してくれた。いつもは断固として帰そうとしないのに。
何か嫌なことが起きなければいいけど。
最低でも雨降るなこりゃ。
*
なんて穏やかな夕暮れ時なのだろうか。
豊浜さんと並んで歩く帰り道。
桜がヒラヒラと舞うこの景色を俺は一生忘れないだろう。
「でね、そこからが急展開だったんだけど・・・・。藤崎君、聞いてる?」
「え? あぁ聞いてるよ。モロチョップがそこから化けてヒロインと結ばれるんでしょ?」
「あれ! もう読んだ?」
「発売日に買ったよ。結構面白いもんね、変態物語」
正直に言おう。ちっとも面白くない。
まず題名と内容が全くリンクしていないところに腹が立つ。
ちょっとエッチなラブコメかな? と思って読んでみたがとんでもない。
ゴリゴリのファンタジーものだ。
話もよく分からないしラスボスとヒロインがいきなり結婚するものだから、読み返して伏線を探したがまるでない。
これで最終巻だから理由が語られることもないしモヤモヤして終わった。
駄作もいい所だ。打ち切りになったに違いないあんな終わり方。
そんな本を最後まで読んだのだって、こうして豊浜さんと楽しく一緒に帰る為だ。
健気すぎて泣けるでしょ?
「今年も図書委員になれてよかったね」
「ほんと! 図書委員に立候補したの私だけだったの! 他の人も立候補してきたらどうしようって思ってた!」
雲一つない晴天の空に輝く太陽のような笑顔。
え、天使ですか?
「藤崎君は委員会入らなかったの?」
「図書委員に立候補はしたんだけどね。他の奴にじゃんけん負けちゃってなれなかった」
「そっかぁ。残念だなぁ。藤崎君と一緒に出来たら楽しかったのになぁ」
やっばい。今日いい感じにもほどがありません?
告白しちゃおうかな。
いやいや待て待て。落ち着くんだ。
まずは段階を踏め。デートだってまだじゃないか。
あ、そうだ。勧誘するのを忘れていた。
幸せすぎるとやらなくてはならないことを忘れてしまう。
「豊浜さん。あのさ。委員会一緒になれなかった変わりといったらあれなんだけどさ・・・・」
「ん? どうしたの? 顔怖いよ?」
「え。あ、ごめん。あのさ、もしよかったら演劇部に入らない?」
あぁ、顔が曇ったー。
死亡フラグ? これやっちゃった?
「活動してないんでしょ?」
「一人じゃなにもできないんだよ・・・・。やっぱり仲間が欲しいなぁなんて思ってて。豊浜さんが入ってくれたら絶対に楽しくなるし! どうかな?」
仲間、か、と呟いてしばらく黙り込む。
あれ、この流れで悩む? 俺と一緒にいたい的な発言しといて悩む?
俺の勘違いだったのかな?
うわー恥ずかしい。今すぐ消えてしまいたい。
桜の花びらとともに散っていきたい。
綺麗だなぁ。桜。
「・・・・いいよ」
え。
え!
「まじですか!」
「仮入部ね。私お芝居とか人前に出るのはあまり興味ないし苦手だけど・・・・。藤崎君とならちょっとやってみたい気もして」
はい、きました。
胸キュンワードと上目使いのコンビネーション。
物語始まって早々いい展開じゃないですか。
すみませんね読者諸君。
勝手に盛り上がってますよこちらは。
これからさらにウハウハな予感ですよ!
「全然いいよ! 来てくれるだけでも嬉しいよ! 明日でも大丈夫?」
「うん。明日は委員の当番違う人だから大丈夫だよ」
「おっけ! 明日楽しみだなー」
「私も楽しみにしてるね。じゃ、また明日ね」
そう言って豊浜さんは駅の方に向かっていった。
僕はここから歩いて五分ほどの距離だからいつもここで別れる。
家まで送りたい気持ちは山々なんだけど、彼氏でもないのに彼氏面して家まで行くのはなんか気が引けて。
誰だよ。腰抜けって言ったやつ。
おい、誰だ。だから彼女できねぇんだよって言ったやつ。
俺は腰抜けじゃねぇし彼女が出来ないんじゃない。
わざと作らなかっただけ!
そう。俺の、全ての初めてを豊浜さんに捧げると決めているんだ。
気持ち悪いなんて言わせねぇぞ!
明日楽しみ過ぎて寝れるか不安になってきた。
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